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 中国絵画史ノート 宋時代 山水画の古典 北宋山水画

北宋 960-1127 という時代
科挙による文治政治 皇帝、士大夫(官僚であり文人)層の書画愛好
 →北宋後期:宋四大家(蘇軾、黄庭堅、米芾、蔡襄または蔡京)、文人画家
都汴京(開封)など都市商業、中国的科学の発達(火薬、羅針盤、印刷術等)
 西洋ルネッサンスに相当(日本京都学派)
北宋前期:在野の職業画家→北宋後期:宮廷画家 高度な画院(アカデミー)
[北宋絵画の位置]
写実主義と理想主義の調和 大観的、構築的山水
自然(宇宙)の崇高さの表現
 参照:NASAの星雲の写真 例:M16イーグル星雲カリーナ星雲など

    北宋古典絵画    
  唐 山水の変
写実主義
  元 絵画の変
(文人画の確立)
写実→写意
 
漢六朝
山水愛好
      明末の変
(山水空間の解体)
山水画→花卉画

[主な画家]
  〔五代〕 〔北宋〕太祖 太宗 仁宗  神宗   徽宗〔南宋〕
宋時代地図 華北            画院     郭煕
        李成       →許道寧 
   荊浩関同        范寛           李唐
江南             燕文貴
    董源巨然

李成919-967
[生涯]
字咸煕 唐宗室の末裔
唐末 祖父李鼎 蘇州から青州営丘(山東省臨淄)に移住
   父 李瑜 儒者
李成38-40才頃 王朴-958の招きで開封(後周、北宋首都)に出るが仕官できず
河南省淮陽で客死(不遇を詩酒にまぎらわし客死→後の文人画家のパターン)
[作品]
寡作(同時代すでにたくさんのコピー)
北宋末米芾の“無李論”┌北宋初 太宗が好む
            └孫の李宥(開封知事)が買い集める
主題:寒林平遠    参照:山東の自然 蒙山
寒林…唐の樹石図→“澗底の松”┐士大夫(官僚層)の理想
平遠…唐に発達 →“千里の遠”┘(不屈の精神をシンボライズ)
作風:淡墨のコントロール
李成の淡墨は夢の如し、夢中の石は雲の如し(米芾『画史』)
最初は先ず淡墨を用い、幾度も重ねて適当な黒さまで積み、然る後に焦墨濃墨を用いて遠近、境界、道筋を描きわける。李成は墨を惜しむこと金のごとし(惜墨如金)とはこのとことである(『釣磯立談』、元 黄公望『写山水訣』)
[伝承作品]
《喬松平遠図》軸 絹墨 205.6×126.1cm 三重澄懐堂文庫
 李成の寒林平遠の典型的構図 宋12Cコピー? 鈴木敬氏は明末コピー説
《小寒林図》巻(現在軸装) 絹墨淡 台北故宮博物院 北宋李郭派 蟹爪樹
《茂林遠岫図巻》 絹墨 遼寧省博物館 南宋向若冰、元倪瓚跋
 燕文貴山水の系譜へ
《晴巒蕭寺図》軸 絹墨淡 ネルソン美術館 范寛の山、雨点皴に蟹爪樹
《小寒林図》 絹墨淡 遼寧省博物館 宋 李郭派 蟹爪樹 やや形式化
《読碑窠石図》軸 絹墨淡 大阪市立美術館 元代李郭派によるコピー
李成派
北宋中期:許道寧は李成の気、李宗成は李成の形、翟院深は李成の風を得る
 後世孫の李宥が買い集めたのは多く翟院深の画であった(『聖朝名画評』)
北宋後期の郭煕と共に李郭派として後世に影響

許道寧 970頃-1050頃
[生涯]
河間(河北省)人 開封に出、相国寺で薬売をしながら樹石画を与える
仁宗朝(1022-63)宰相張士遜の邸宅に障屏画を描く
長安で府庁涼榭に終南山・太華山の壁画を描く
黄庶(黄庭堅の父)との交流 皇祐年間(1049-54)に80歳で没
[伝承作品]
李成の平遠山水を学び、李成の気を得ると詠われた
林木、平遠、野水の3つのモチーフが得意 長皴を駆使した粗放な筆墨
《秋山蕭寺図巻》 絹墨 京都藤井有鄰館 許道寧の早期の作?
《漁舟唱晩図巻》(《秋江漁艇図》) 絹墨淡 48.26×225.4 ネルソン美術館
 画巻中央部平遠千里の遠」の描写 幻想的なヴィジョン 晩年の作?

范寛
[生涯]
名中正、字仲立 華原(陝西省耀県)人 温厚で大器だったので寛と呼ばれた
徹底した自然観察
始め李成を学ぶ。すでに悟り嘆じていわく「前人の法はみな物(自然)からとっている。そうならば私が師とするのは人よりも物を師とするのがよい。しかし物を師とするのなら、心を師とするにしくはない」と。ここに旧習をすて、終南山、華山に卜居した。(『宣和画譜』)
山林の間に居り、常に終日危坐し四顧を縦目し以てその趣を求む。雪月の際といえども、必ず徘徊凝覧し以て思慮を発す(『聖朝名画評』)
1023-31天聖中猶存す(郭若虚『図画見聞志』)五代北宋にわたり高齢
[作品]
李成の淡墨、范寛の濃墨
深暗なこと、暮夜の晦冥のようであり、土石の区別ができない
建物を堅固に描いた後、墨で籠染めする。後の人はそれを“鉄屋”と呼んだ(米芾)
李成の筆は近視するも千里の遠のごとし 李成之筆近視如千里之遠
范寛の筆は遠望するも坐外を離れず 范寛之筆遠望不離坐外『聖朝名画評』
李成の平遠、范寛の山 山東と陝西黄土地帯の自然の典型をとりだす
[伝承作品]
《谿山行旅図》軸 絹墨淡 206.3×103.3cm 台北故宮博物院 范寛の基準作
 「范寛」隠し落款、錢勰1034−97「忠孝之家」印(王裕民1997論文)
《雪山楼閣図》軸 絹墨淡 182.4×103cm ボストン美術館 北宋范寛派
《雪景山水図》軸 絹墨 193.5×160.3cm 3鋪 天津博物館
 「臣范寛製」偽款 北宋末范寛派のコピー?
  宋“御書之寶”方璽印…明末清初梁清標“蕉林”“蕉林收藏”“觀其大略”印→安岐『墨骨b観』“安氏儀周書畫之章”“思源堂”“麓印”印→清宮“乾隆御書之寶”印→1860年圓明園→民間…張翼“?河張翼藏書記”“文孚嗣守”印
《臨流独坐図》軸 絹墨淡 台北故宮博物院 南宋范寛派? 後補多い
范寛派のパターン
 1.画面に大きく垂直の大山 2.雨点皴(岩肌のモデリング)
 3.菊花点(山頂の密林)

燕文貴
[生涯]
呉興人 もと呉越軍の隊員?(「隷軍」という記述『聖朝名画評』)
976-97太宗中開封に行き、相国寺の天文道で山水画を売る
 画院待詔高益にみいだされ相国寺壁画に樹石を描く 認められ画院祇侯に
988-89瑞拱中団扇(だんせん 円形の扇)の画が皇帝に褒められる
1008-14大中祥府年間 丁謂の指揮、待詔高文進・王道真の総監督による玉清昭応宮の壁画制作に参加
 在野の画工を募る→3000人の応募→100人に絞る 北宋の大規模造営
 人物:武宗元(左部の長)、王拙(右部の長)
 山水:燕文貴、龐崇穆(ほうすうぼく)、劉文通
1029玉清昭応宮は落雷による失火のため焼失
[作品]
燕家の景と呼ばれた山水画:
 山水ミニアチュール+界画(定規を使って描く建築や船舶、盤車)
 平遠の景の中に細密な建築や舟、人物を配し変化を尽す(『聖朝名画評』)
[伝承作品]
《江山楼観図巻》 紙墨淡 31.3×160.5cm 大阪市立美術館 高精細画像
 落款「待詔□州筠□県主簿燕文貴□」 傅山行草書長跋、1663殷岳跋
 范寛の山、風雨の変化 伝承作中最も優れた描写
《溪山楼観図》軸 絹墨淡 台北故宮博物院 「翰林待詔燕文貴筆」 コピー
《夏山図巻》 絹墨淡 45.3×115.2cm メトロポリタン美術館
 燕文貴の弟子・屈鼎説(方聞)
《烟嵐水殿図巻》 絹墨 所在不明
《溪風図巻》 絹墨淡 47.3×136.8cm 2003 Christie's
 13C燕派? 張大千偽作説(ケーヒル) 跋:2018 Sothebys 47.5×138.5cm


参考書
ジュディ・オング ジュディの中国絵画っておもしろい 二玄社 2000年 初心者向け
世界大美術全集 東洋編5 五代・北宋・遼・西夏 小学館 1998年
鈴木敬 中国絵画史 上 吉川弘文館 1981年-
大觀北宋書畫特展 台北国立故宮博物院 2006年 下記展覧会の研究図録
劉道醇『聖朝名画評』 北宋絵画の基礎史料
郭若虚『図画見聞志』 張彦遠『歴代名画記』の後を継ぐ中国絵画の正史
参考サイト
大觀 北宋書畫 (960-1127) 2007年台北故宮博物院での大展覧会
A Look at Chinese Painting(English) メトロポリタン美術館の中国絵画の見方
展覧会
特別展 崇高なる山水−中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜− 大和文華館
前期:2008年10月11日(土)〜26日(日) 後期:10月28日(火)〜11月16日(日)
 清代にいたるまでの中国山水の名品と、特にその影響を強く受けた朝鮮山水を展示。東アジア山水の主流であった李郭派山水の日本初の展観



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 中国絵画史ノート 山水画の古典 北宋山水画   2002.5写 

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