荻生徂徠 1667-1728
江戸元禄~享保期1688-1736の儒者 古文辞学派の祖
名は双松(なべまつ),字茂卿,通称惣右衛門 徂徠は号。物部氏の出といい物徂徠(ぶっそらい)と称す
父は徳川綱吉の侍医。江戸に生 14歳母方の在所上総国に移住『四書大全』などを学ぶ
江戸に戻り1696年柳沢保明(のちの吉保)に仕える
将軍綱吉の学問相手も務め赤穂浪士処断の時,法にのっとり厳罰に処すべきと献言
1709年江戸茅場町宅に家塾蘐園(けんえん)を開く、門人に山県周南、安藤東野、服部南郭、太宰春台ら
徂徠学は宋学や山鹿素行、伊藤仁斎らの復古学を批判的に継承,古文辞学による六経(りくけい)の正確な理解を通じて新たな儒教体系の確立を目指す
著書に経学(けいがく)では『弁道』『弁名』『論語徴』、琴学では『琴学大意抄』『楽律篇』『楽制篇』『《幽蘭》譜抄』があり徂徠学儒教体系の中でも重要な位置を占める
→参照:山縣大貳1763年『琴學發揮』、『琴學正音』、『樂律考』、『樂制篇』註
他に将軍吉宗の諮問に答えた幕政改革『政談』、『赤穂四十六士論』『訳文筌蹄』『大学解』『中庸解』『明律国字解』『蘐園随筆』『南留別志(なるべし)』など
歌集に『徂徠集』
琴学大意抄目録
琴の起りの事
琴の名義の事
琴を彈せし人の事
琴の名所の事 軫の事 徽の事 絃の事
琴の調様の事
琴七絃十三徽の定位の事
三の聲の事
指の名の事 右指法の事 左指法の事
譜の文字の事
琴の廃れたる故の事
附 品絃
琴の調様の事
琴の調に五調あり。瑟調、清調、平調、楚調、側調の五つなり。瑟調、清調、平調を三調とし、楚調、側調を加て五調なり。漢の代より六朝までは、琴のみに限らず、樂みな此五調の外に出でず。後魏の陳仲儒が曰「琴調以宮爲主、清調以商爲主、平調以角爲主」と云へり。五音六律は、みな黄鐘を根本とす。黄鐘は今の「わうしき」なり。(此事別に考あり。事長ければ、ここに記さず。)「わうしき」は十二律の根本なるゆえ、「わうしき」に當ることを主とすと云へるなり。
瑟調は、「わうしき」を宮にしたる者なるゆへ、以宮爲主と云り。今の黄鐘調なり。
清調は、黄鐘を商にしたる者なるゆへ、以商爲主といへり。今の雙調なり。
平調は、黄鐘を角にしたる者なるゆへ、以角爲主といへり。卽今の平調なり。
楚調、側調は、今の壱越調、般涉調なるべけれども、明文なければ、何れが何れなることを知らず。『通典』に曰く「平調、清調、瑟調、皆周房中之遺声也。漢代謂之三調」と云へり。房中の聲とは、周南召南の樂のことなり。されば漢六朝に限らず、三代の樂も、三調五調の外に出ずと見えたり。『詩外傳』に、宮商角徵羽の五音を聞て、それぞれの徳あることを云へり。宮商角徵羽は、何れの曲にもあることなるに、かく云ることは、宮商角徵羽の五調の事なること明かなり。
古より皆かかることなりしに、晉の代の末に、五胡の亂出來て、夷狄の音曲、中國に入り、様々の異なる調の樂ども、世に行はれたり。これに依て陳仲儒が説も後魏の世に用られず、隋の世に至て、又萬寶常と云もの、西域の樂を傳て、旋宮と云ことを取り立てて、八十四調の樂を作る。唐の代もこれに從けるより、五調の事世に聞えず。宋代の蔡西山、『律呂新書』を作て、八十四調の説を用たるなり。蔡西山は朱子の門人にて、朱子の學流、世に盛に行はれぬるゆへ、明朝に至る迄、八十四調の説、世の定論となれり。
旋宮の事は、『禮記』に出でて、聖人の世にも、鬼神を祭るには、異なる調もあることなれども、平生の樂にいかでかかる繁多なることのあるぺき。吾邦は南朝より傳來して、今の世までも、五調とのみ習來るは、古三代の遺音なりと知るべし。今傳はれる諸の樂曲にも、南朝より傳へたるを古樂とし、唐朝より傳へたるを新樂と習ひ來るも、漢魏六朝の遺音、我邦に殘れる證なり。
さて又琴の調べに至ては、五調をいかに調ふると云こと、古書にたしかなること見へず。『稗編』及『頖宮禮樂疏』などに、琴家の説載たり。
正宮調、清商調、縵角調、緊羽調、縵宮調これなり。
【①歌調調弦】
正宮調と云は、
宮絃黄鐘a、商絃般涉h、角絃壱越d、徵絃平調e、羽絃下無f#、
文絃黄鐘甲a、武絃般涉甲h なり。
縵角調と云は正宮調の如にして、角絃を一律下げて上無c#にしたるなり。
縵宮調と云は縵角調の如にして、宮絃を又一律下げて鳧鐘g#にするなり。
緊羽調と云は正宮調の如にして、羽絃を一律上げて雙調gにするなり。
清商調と云は緊羽調の如にして、商絃を一律上げて神仙cにするなり。
されば
正宮調は、壱越より調を起して、越黄平般下なり。daehf#→def#ah
歌調、奏調と云ことありて、
順八逆六(注:三分損益)に合する時、今の黄鐘調、卽古の瑟調なり。
縵角調は、黄鐘より調を起して、黄平般下上なり。aehf#c#→ahc#ef#
順八逆六にて合するとき、今の平調、卽古も平調といふ、
緊羽調は、雙調より調を起して、雙越黄平般なり。gdaeh→gahde
順八逆六にて合するとき、今の壱越調、古の楚調なるべし、
清商調は、神仙より調を起して、神雙越黄平なり。cgdae→cdega
順八逆六にて合するとき、今の雙調、古の清調なり。
縵宮調は、平調より調を起して、平般下上鳧なり。ehf#c#g#→ef#g#hc#
順八逆六を以て合するとき、今の般涉調、古の側調なるべし。
されば琴家の五調、今吾邦に傳る五調と符合しすれば、陳仲儒がいへるも、漢の三調も五調も、『韓詩外傳』の五音も外に又あるまじとなり。異國は唐朝に古樂を変亂したるより。五調の説隱れたるに、吾邦に殘留まること、不思議の次第なり。琴譜も明朝より傅はるを見れば、音節短促にて、小兒の歌へる岡埼など云やうなる者なるに、《幽蘭》琴譜は、逈(はるか)に異なるを以て見るときは、古の楽は、只吾邦に殘留ぬと覺ゆる也。
琴七絃十三徽の定位の事
正宮調にしらぶる時、[下]の如し、
(田安本注:歌調 正調 三絃十一徽實音与五絃散聲應。黄鐘調 宮在六絃散聲)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 宮絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 商絃
越d 平e 勝f 下f#雙g 黄a 般h 越d 下f#黄a 越d 平e 黄a 越d 角絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 徵絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 羽絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 文絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 武絃
縵角調に調る時、[下]の如し
(田安本注:縵角調 一六絃按十一徽与三散應。平調 宮在四絃散聲。黄鐘調 縵三絃卽林鐘調)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 宮絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 商絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 角絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 徵絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 羽絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 文絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 武絃
緊羽調に調る時、[下]の如し
(田安本注:緊羽調 五絃按十一徽与二七散聲應。壱越調 宮在三絃散聲。黄鐘調 緊五絃者卽仲呂調)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 宮絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 商絃
越d 平e 勝f 下f#雙g 黄a 般h 越d 下f#黄a 越d 平e 黄a 越d 角絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 徵絃
雙g 黄a 鸞a#般h 神c 越d 平e 雙g 般h 越d 雙g 黄a 越d 雙g 羽絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 文絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 武絃
清商調に調る時、[下]の如し
(田安本注:清商調 二七絃按十一徽与散四應。雙調 宮在七絃散聲。仲呂調而緊二七絃卽無射調)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 宮絃
神c 越d 斷d#平e 勝f 雙g 黄a 神c 平e 雙g 神c 越d 雙g 神c 商絃
越d 平e 勝f 下f#雙g 黄a 般h 越d 下f#黄a 越d 平e 黄a 越d 角絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 徵絃
雙g 黄a 鸞a#般h 神c 越d 平e 雙g 般h 越d 雙g 黄a 越d 雙g 羽絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 文絃
神c 越d 斷d#平e 勝f 雙g 黄a 神c 平e 雙g 神c 越d 雙g 神c 武絃
縵宮調に調る時、[下]の如し
(田安本注:縵宮調 四絃按十一徽与一六散聲應。一六爲宮。般涉調 宮在七絃散聲。林鐘調而縵一六者卽太簇調)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
鳧g# 鸞a#般h 神c 上c#斷d#勝f 鳧g#神c 斷d#鳧g#鸞a#斷d#鳧g# 宮絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 商絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 角絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 徵絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 羽絃
鳧g# 鸞a#般h 神c 上c#斷d#勝f 鳧g#神c 斷d#鳧g#鸞a#斷d#鳧g# 宮絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 武絃
【歌調と奏調の関係 和と應】
又一流、角絃を黄鐘に調ぶる説あり。是は奏調なり。
古に歌調、奏調と云ことあり。歌と樂と別調子にすることなり。其故は、人聲を貴ぶなり。和なり。人聲を貴ぶと云は、歌の人の聲なり。諸の楽器は、金石絲竹匏土革木、皆物の聲なり。樂は元來歌より起る。諸の鳴物は、歌を輔る爲めなり。されば人の聲は本にして、諸樂器は末なり。諸の樂器と歌と同調なるときは、歌の聲、樂の聲に奪れて、文句聞えがたし。
故に歌と樂との調子を別にして、順八逆六を以て合すること、古の法なり。是を和と云ふなり。
樂に和、應と云ことあり。
應と云は、同聲想應することにて、黄鐘に黄鐘を合せ、平調に平調を合することなり。
和と云は、黄鐘に平調を合せ、平調に般涉を合することなり。是順八逆六なり。
應は人情にして、和は道なり。故に同調に合はするときは、人情に親くれば、凡耳にも入易きなり。されども世俗の箏三線の類、道を知らず、樂を學ばむ者は、心を用ゆれば、皆其妙を得るなり。順八逆六を合することは、樂の道にして、聖人の智に非ざれば至り難き所なり。
十二律と云ふことあるも、順八逆六にて、黄平般下上鳧斷鸞勝神雙越 aehf#c#g#d#a#fcgd と生じゆきて、十三度目にはもとの黄鐘aになる故、音の數十二にきはまりて、又外になき道理にて、十二律と定め玉へるなり。
世人人情のみにして、道と云者を知ぬ時は、我が氣に合たる人のみを用ひ、我好む事のみをするに依て、人みな我勝ちになり。禍亂もこれより生ず。聖人の道は我に異なる者を用ひて、我過たるを抑へ、我足らざるを補ふ、是を和と云なり。甘に醎を加へ、辛に酸を加へて、五味を調和すれば、氣血を養ひて、五臓の偏勝なく、病を生ぜざる如し。されば賢君の諫言を納れ、賢臣を用ひ玉ふも、皆異なるを以て、我を助くる道理なり。『論語』に「君子和而不同、小人同而不和」と云へるも、この道理なること、『左傳』に見えたり。左丘明は孔子に親(まのあ)たり見へて學たる人なれば、其説信用すべきこと、後世朱子などの注解の比には非るなり。
十二律の「六八」と云ものも、皆うら表相反する者なり。
たとへば黄鐘dは子の位にして北方なり。北の向ひは南なり。南は巳午未なり。巳は中呂g、午は蕤賓g#、未は林鐘aなり。この内に、午は正く子に打向ふ故に、君に敵對する臣の如なれば和せず。一位進みて未は林鐘なり。一位退て巳は中呂なり。林鐘は順八逆六、中呂は逆八順六、是を和と云なり。されども林鐘中呂、皆南方の位にて、黄鐘と相返するなり。この外東西の位、又は黄鐘の前後丑に當る大呂d#、亥に當る應鐘c#には和はなきなり。是相反する者にならでは、和はなきこと明白也。其外の十一律も皆かくの如し。
まむかひは衝(しょう)なり。衝は和せず。和は必ず衝の一位づつ前後にあるなり。
此圖朱は衝、墨は和なり。
歌は君にして、樂は臣なる故、歌と樂器との調子をかへて、「六八」を以て合すること、かかる道理なり。されば古より樂の徳をば和と云ふ、世俗の箏三線には、曾てこの和と云ふことがなきなり。楽器ばかりの上にても、笙の合竹、箏の合絃、皆「六八」の和にして、世俗のなりものの及ばざる所なり。笙笛篳篥などを合するは、皆應なれども、其内にも、「六八」の和を以て合せたる所々のあるは、かかるいはれなり。
楽器の中に、琴は前に云へる如く、樂の統、八音の首にて、ことに人の聲に親しき者なる故、琴ばかりを、歌と同調にして彈ずるなり。歌と樂と別調なるときは、樂の音に引立られて、覺えず同調に移るゆえに、琴に歌の聲を寄て、これを便りにして、歌ふことなる可し。絃を殊に堂上におくも、歌と同調なるが故なり。されば歌の調子を歌調とし、樂の調子を奏調として、
歌 壱越調なれば樂は黄鐘調、
歌 黄鐘調なれば樂は平調、
歌 平調 なれば樂は般涉調、
歌 雙調 なれば樂は壱越調なり。
これ歌調、奏調のいはれなり。琴は歌と同調なれば。もとより歌調のみにして、奏調はなきことなれども、世末に降るに從ひて、人の心卑劣になり、音の親しく合ひたるを、面白く思て、「六八」を以て合するをば、外の事をするように思ひ、遂には歌をも樂をも同調にして合せけるより、琴にも奏調あるなり。
【②奏調調弦】その1
奏調の時は、
宮絃平調e、商絃下無f#、角絃黄鐘a、徵絃般涉h、羽絃上無c#、
文絃平調e、武絃下無f# にて、 黄平般下上。aehf#c#→ahc#ef#
是を正宮調と云て、今の黄鐘調なり。
正宮調の角絃を一律下げて鳧鐘にすれば、平般下上鳧。ehf#c#g#→ef#g#hc#
是を縵角調と云て、今の平調なり。
其上を又宮絃を一律下げて斷金にすれば、般下上鳧斷。hf#c#g#d#→hc#d#f#g#
是を縵宮調と云て、今の般涉調なり。
正宮調の羽絃を一律上げて壱越にすれば、壱黄平般下。daehf#→def#ah
是を緊羽調と云て、今の壱越調なり。
其上を又商絃を一律上げて雙調にすれば、雙壱黄平般。gdaeh→gahde
是を清商調と云て、今の雙調なり。
【③渡物調弦】
かく古は歌調、奏調分れたるを、後には歌調をも樂に用ひ、奏調をも歌に用たるより「渡物」と云事出來たるなり。唐朝に至りて、律に位めりて【二位ありて?】、雙調を黄鐘にしたり。
この調、又琴に殘りて黄鐘を、徵絃にして、調を立たる一流あり。この時、
宮絃壱越d、商絃平調e、角絃雙調g、徵絃黄鐘a、羽絃般涉h なり。
今の世に壱越を黄鐘にして、十二調子を十二律に配當したるは、この調より起れり。
黄鐘の《青海波》を、雙調に渡しくるも、六朝と唐との律の相違より起りて、異國より傳來する譜の、兩度が二樣に替りたるなりと知るべし。吾邦は、古より習來りたる音を、正しく傳へて失はず、異國は周隋唐朝より以後、世々に律を改めて、律變じたる故、かくの如き相違あることなり。今の世に斷金切(たんきんぎり)と云十二律のあるも、宋の徽宗皇帝の大晟樂の律は、鸞磬a#を黄鐘aにせるゆへ、斷金d#の音を、壱越dにしたるが、異國より傳來せる律管を摸たるなりと思はる。
右に云ふ如く、琴の調に三流ありと雖も、最初にしるしたる、黄しきを宮弦にしたる調、琴の本調なり。琴は歌の聲なる故、人の口中の音よりして、五調の高下起れるなり。大抵人の口中の音、二十律【十二律?】を出す。何れの調にても宮を最濁音として、商は宮より上、角は中音にて、徵は角よりかり【上かり?】、羽は最清音なり。今世に譜をうたふ音は、何れの調をも、黄鐘調に歌ひたるなり。歌の音はしかる可らず。上無c#下無f#と云ことも、これより出たるなり。又古より十六律と云ことありて、十二律の上に、清黄鐘、淸大呂、清大簇、清夾鐘を加て、編鐘編磬を、此十六律の數にて、十六枚にしたるも、この道理なり。
宮 商 角 徵 羽 縵宮調
宮 商 角 徵 羽 正宮調
宮 商 角 徵 羽 清商調
宮 商 角 徵 羽 縵角調
宮 商 角 徵 羽 緊羽調
下 雙 鳧 黄 鸞 盤 神 上 越 斷 平 勝 下 雙 鳧 黄 鸞 盤 神 上
f# g g# a a# h c c# d d# e f f# g g# a a# h c c#
【②奏調調弦】その2
されども、奏調の事も、不知して叶はざることなり。《幽蘭》の譜を碣石調とあるを、今の乞食調のことなると考へたるも、奏調を合せ見れば明なり。故に今奏調の五調の圖をも左に出すなり。『《幽蘭》譜の抄』にも、縵角調の奏調を、朱にて傍にしるし置なり。
正宮調すなわち黄鐘調なり
(田安本注:奏調 正調 三絃十一徽實音与五絃散聲應。宮在三絃散聲卽今黄鐘也)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 宮絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 商絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 角絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 徵絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 羽絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 文絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 武絃
縵角調すなわち平調なり
(田安本注:縵角調 一六絃按十一徽与三散聲應。宮在六絃散聲卽今平調也。黄鐘調縵三絃卽林鐘調)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 宮絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 商絃
鳧g# 鸞a#般h 神c 上c#斷d#勝f 鳧g#神c 斷d#鳧g#鸞a#斷d#鳧g# 角絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 徵絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 羽絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 文絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 武絃
緊羽調すなわち壱越調なり
(田安本注:緊羽調 五絃按十一徽与二七散聲應。五爲宮 宮在五絃散聲卽今壱越也。黄鐘調緊五絃卽仲呂調也)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 宮絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 商絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 角絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 徵絃
越d 平e 勝f 下f#雙g 黄a 般h 越d 下f#黄a 越d 平e 黄a 越d 羽絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 文絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 武絃
清商調すなわち平調なり
(田安本注:清商調 二七絃按十一徽与散四應。二七爲商。宮在七絃散聲卽今雙調也)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 宮絃
雙g 黄a 鸞a#般h 神c 越d 平e 雙g 般h 越d 雙g 黄a 越d 雙g 商絃
黄a 般h 神c 上c#越d 平e 下f#黄a 上c#平e 黄a 般h 平e 黄a 角絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 徵絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 羽絃
平e 下f#雙g 鳧g#黄a 般h 上c#平e 鳧g#般h 平e 下f#般h 平e 文絃
雙g 黄a 鸞a#般h 神c 越d 平e 雙g 般h 越d 雙g 黄a 越d 雙g 武絃
縵宮調すなわち般涉調なり
(田安本注:縵宮調 四絃按十一徽与一六散聲應。一六爲宮。宮在四絃散聲卽今般涉調也。林鐘調縵一六卽太簇調也)
散 13 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 徽
斷d# 勝f 下f#雙g 鳧g#鸞a#神c 斷d#雙g 鸞a#斷d#勝f 鸞a#斷d# 宮絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 商絃
鳧g# 鸞a#般h 神c 上c#斷d#勝f 鳧g#神c 斷d#鳧g#鸞a#斷d#鳧g# 角絃
般h 上c#越d 斷d#平e 下f#鳧g#般h 斷d#下f#般h 上c#下f#般h 徵絃
上c# 斷d#平e 勝f 下f#鳧g#鸞a#上c#勝f 鳧g#上c#斷d#鳧g#上c# 羽絃
斷d# 勝f 下f#雙g 鳧g#鸞a#神c 斷d#雙g 鸞a#斷d#勝f 鸞a#斷d# 宮絃
下f# 鳧g#黄a 鸞a#般h 上c#斷d#下f#鸞a#上c#下f#鳧g#上c#下f# 武絃
[上]奏調の五調なり。
明朝の琴は、多く奏調にしらぶるに依て、絃細く、しかも緩し。故に其ひびき微音なり。微音なるを雅樂なりと覺ゆるは、道理を知らざる者の料簡なり。
吾邦古代の琴、南都などにあるべし。其寸法を用ひて、絃のふとさなど、琴相應にこしらへ試みたらんには。古の琴の音、自然に知らるべき事なり。
荻生徂徠『琴学大意抄』書誌
国書所在
【写】国会,内閣(文鳳堂雑纂四三),静嘉,東博,九大,慶大斯道,芸大音楽(三冊),東北大狩野,大阪府(二部),岩瀬(二冊),鶴舞,蓬左,神宮,無窮神習,陽明,旧浅野,旧下郷,旧彰考(二冊),羽塚啓明,[補遺]宮書,関大(二冊),日比谷諸家(品絃を付す),足利
国文学研究資料館 検索リスト:
1 琴學大意抄,新潟大佐野,刊,宝暦12,1冊,他機関目録 ,226595
2 琴学大意抄,大阪天満宮,写,1冊,他機関目録 ,523842
3 琴学大意抄,一宮中央図有隣,写,1冊,他機関目録 ,1771604
4 琴学大意抄,早大服部,写,1冊,他機関目録 ,2629563
5 琴学大意抄,早大服部,写,1冊,他機関目録 ,2629574
6 琴學大意抄,堺図,写,1冊,他機関目録 ,29206722
7 琴学大意抄,神宮文庫,写,1冊,他機関目録 ,29304672
8 琴学大意抄,神宮文庫,写,1冊,他機関目録 ,29304673
9 琴學大意抄,静嘉堂,写,1冊,他機関目録 ,29330809
10 琴學大意抄,蓬左文庫,048-0160-006,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100046470
11 琴學大意抄,蓬左文庫,048-0172-001-0081,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100046767
12 琴學大意抄,陽明文庫,055-0497-005,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100070578
近衛家久旧蔵
13 琴学大意抄,名古屋鶴舞図,089-0070-003,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100112160
14 琴學大意抄,北海学園北駕,016-0085-001,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100139058
15 琴學大意抄,藝大図,088-0266-007,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100146213
16 琴学大意抄,藝大図,088-0267-001,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100146215
17 琴学大意抄,藝大図,DIG-TKGL-20345,写,1冊,マイクロ/デジタル , ,100376766
18 琴學大意抄,藝大図,DIG-TKGL-20349-0001,写,1冊,マイクロ/デジタル ,100378764
19 琴學大意抄,新潟大佐野,DIG-NDSN-50023,写,1冊,マイクロ/デジタル,100418642
20 琴學大意抄,東北大狩野,DIG-THKK-51362,写,1冊,マイクロ/デジタル,100440519
21 琴學大意抄,東北大狩野,DIG-THKK-51363,写,1冊,マイクロ/デジタル,100440520
22 琴學大意抄,国文研田安,15-514,写,1冊,国文研蔵,200022877
国文学研究資料館検索リストにないもの:
23 琴学大意抄 東京国立博物館QB-1043[江戸末]楷書 写1冊27.3x18.5
徳川宗敬氏寄贈
24 琴学大意抄 東京国立博物館QA-1314[江戸] 行書ひらがな写1冊23.4×16.3
25 琴学大意抄 荻生徂徠自筆稿本 写1冊58丁 荻生家蔵
山寺美紀子「荻生徂徠著『琴学大意抄』注釈稿」1,2017 2,2018年(連載未完)参照
26 琴学大意抄抜粋(活字版)『古事類苑(洋装本)』第37冊樂舞部25琴 国会図書館
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テキストは上記26、22を主に参照し作成
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⑤アルファベット小文字で現行雅楽十二律による洋楽音名を加えた
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古琴ことのは 荻生徂徠『琴学大意抄』 2024.1.2写