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 美術史系秋季考察旅行

9月15日(金)  碑林 歴史博物館 考古研究所

西安碑林博物館
  西漢   佩蘭茎葉   馬王堆1号墓出
薬草として性平、解毒の効能
顔真卿「平」字   唐   顔真卿 顔勤礼碑   顔真卿「秀」字 大暦十四年(779) 1922西安市社会路出土
  隋   菩薩頭部   1983西安市西郊空軍通訊学校出土 法隆寺釈迦に似る
  唐   宝生仏   1958安国寺出土
  唐   明王   1958安国寺出土
馬頭明王   唐   馬頭明王   1958安国寺出土
持弓天王像   唐   持弓天王像   大極宮出土
  唐   釈迦トルソ   西安市右部辺家村出土
  唐   李寿墓   1973三原県隼村出土  李淵の当弟(577-630)の墓
昭陵六駿のうち仕伐赤   唐   昭陵六駿   620以降 仕伐赤など

碑林前のみやげ売りで買った3元の半坡陶埍[土員]、素朴なできです。
大鴈塔に向かった皆とは別行動にしてもらい、碑林のJと会いました。古文化街の新しくできた台湾小吃店で昼食。喫茶店で珈琲。
2時に別れ、歴史博物館の壁画臨模研究室へ。ちょうど愛知芸大の林功先生が、壁画の模写のため来館されたばかり。岡墨光堂の方々が運送された、高松塚古墳の壁画仕女図が開封されていました。これは林先生が特に漆喰に模写されたもの。歴史博物館の壁画を、同様に漆喰に模写するため2ケ月ほど滞在されるそうです。(哀悼 下記)
3時より、壁画保護のため人数を限り、鴈塔をまわってきた史玲老師、谷贇、李凝と私の4人のみで地下の壁画保管庫へ。懿徳太子墓、永泰公主墓の壁画を短時間、見せていただきました。後でわかったことですが、私が見られるよう学生の1人が機会を譲ってくれたとのこと。私はお金を払って見てもいいと思っていたのですが、この場をかりて自らの貴重な機会を譲ってくれた学生の心に感謝します。
                   歴史博物館 唐墓壁画

考古研究所陳列室
壁画を見たあと歴史博物館から歩いて考古研究所へ。3階の陳列室を見学。
  西漢   裸体陶俑   陽陵劉尼墓出土 陰陽の別がある
  西漢   騎馬俑   西安沙城出土
  漢   女坐俑   任家茶家村 端正な顔
  北魏   伎楽俑   西安北郊頂益村墓出土 白鳳童顔ににる

その後1人で古旧書店へ。古旧といっても新刊ばかり。



 哀悼
 これを書いた翌年、中央美術学院の新校舎落成記念式典に出席のため来華された東京芸大保存修復の田淵淑夫先生から、林功先生が亡くなられたことを知らされました。(2001年10月17日 中央美術学院 新校舎落成記念式典

 陝西の華山から西安市内に向かう高速道路を走行中の日本愛知県立芸術大学美術学部の林功助教授(54)が乗った車が現地時間四日午後五時十五分ごろ、中央分離帯に激突した。林助教授は近くの病院に運ばれたが、同十時ごろ出血多量で死亡した。林助教授は古画の修理、模写で有名。九月に、奈良国立文化財研究所と愛知県立芸術大の共同の仕事として、西安市の仕事場で、現地スタッフとともに唐時代の壁画の模写をしていたという。(2000年11月6日 共同通信報道)

 お会いしてから2ケ月たらずのこと。なんともやるせなく命のはかなさを思います。心よりご冥福をお祈りいたします。





9月 4日(月) 北京 鄭州
   5日(火) 鄭州 河南博物院 打虎亭漢墓 新密
   6日(水) 鄭州博物館 古玩城 鞏義
   7日(木) 鞏義 宋陵 鞏県石窟 黄河
   8日(金) 洛陽 古墓博物館
   9日(土) 龍門石窟
  10日(日) 関林 水泉石窟 龍門石窟
  11日(月) 民俗博物館 洛陽博物館 白馬寺
  12日(火) 永楽宮 西安
  13日(水) 西安 歴史博物館
  14日(木) 兵馬俑 臨潼県博物館 華清池
  15日(金) 碑林 NEXT→歴史博物館 唐墓壁画 考古研究所
  16日(土) 咸陽市博物館 茂陵 乾陵 懿徳太子墓 永泰公主墓
  17日(日) 法門寺
  18日(月) 古玩城 西安
  19日(火) 北京



  北京信息   2000.9.26写  更新

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