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  日本現代詩 戦後詩秀叢

位置  石原吉郎 1915-1977(1961年『サンチョ・パンサの帰郷』より)

しずかな肩には
声だけがならぶのでない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓(たわ)み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である


 石原吉郎全集 1 2 3 花神社 1979-1980


静物  吉岡実 1919-1990(1955年『静物』より)

夜の器の硬い面の内で
あざやかさを増してくる
秋のくだもの
りんごや梨やぶどうの類
それぞれは
かさなったままの姿勢で
眠りへ
ひとつの諧調へ
大いなる音楽へと沿うてゆく
めいめいの最も深いところへ至り
核はおもむろによこたわる
そのまわりを
めぐる豊かな腐爛の時間
いま死者の歯のまえで
石のように発しない
それらのくだものの類は
いよいよ重みを加える
深い器のなかで
この夜の仮象の裡で
ときに
大きくかたむく


 吉岡実詩集 (現代詩文庫) 思潮社 1968
 新選 吉岡実詩集 (新選現代詩文庫110) 思想社 1978
 吉岡実詩集 続 (現代詩文庫129) 思潮社 1995


子守歌のための太鼓  清岡卓行(1959年『氷った焔』より)

二十世紀なかごろの とある日曜日の午前
愛されるということは 人生最大の驚愕である
かれは走る
かれは走る
そして皮膚の裏側のような海面のうえに かれは
かれの死後に流れるであろう音楽をきく
人類の歴史が 二千年とは
あまりに 短かすぎる
あの影は なんという哺乳動物の奇蹟か?
あの 最後に部屋を出る
そのあとで 地球が火事になる
なにげなく 空気の乳首を噛み切る
動きだした 木乃伊のような恐怖は?
かれははねあがる
かれははねあがる
そして匿された変電所のような雲のなかに かれは
まどろむ幼児の指をまさぐる
ああ この平和はどこからくるか?
かれは 眼をとじて
誰からどのように愛されているか
大声でどなった


石膏  清岡卓行 1922-2006(1959年『氷った焔』より)

氷りつくように白い裸像が
ぼくの夢に吊されていた

その形を刻んだ鑿の跡が
ぼくの夢の風に吹かれていた

悲しみにあふれたぼくの眼に
その顔は見おぼえがあった

ああ
きみに肉体があるとはふしぎだ



色盲の紅いきみのくちびるに
ひびきははじめてためらい

白痴の澄んだきみのひとみに
かげははじめてただよい

涯しらぬ遠い時刻に
きみの生涯を告げる鐘が鳴る

石膏のこごえたきみのひががみ
そこにざわめく死の群のあがき



きみは恥じるだろうか
ひそかに立ちのぼるおごりの冷感を

ぼくは惜しむだろうか
きみの姿勢に時がうごきはじめるのを

迫ろうとする 台風の眼のなかの接吻
あるいは 結晶するぼくたちの 絶望の
鋭く とうめいな視線のなかで



石膏の皮膚をやぶる血の洪水
針の尖で鏡を突き刺す さわやかなその腐臭

石膏の均整をおかす焔の循環
獣の舌で星を舐めとる きよらかなその暗涙

ざわめく死の群の輪舞のなかで
きみと宇宙をぼくに一致せしめる
最初の そして 涯しらぬ夜


 新選 清岡卓行詩集 (新選現代詩文庫) 思潮社 1977


帰途  田村隆一 1923-1998(1962年『言葉のない世界』より)

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる


 田村隆一詩集 続続 (現代詩文庫111) 思潮社 1993


  堀川正美 1931-(1964年『太平洋』より)

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ 海風の
白から生まれたハープのめしべが
雷のそりかえった竜骨にそって
たてにふたつに裂けてゆくように

自分を刻んで風は世界を廻転させる とびちる 破産する!

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ 楽章をつぎつぎに
ふきだすイルカのむれさえ
エメラルドのの砕片をとばしてさっと
ここをかけぬけることはできない

水と空がおたがいをうばいつくすあたえつくす!

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ 北海に
竜胆をひとつかみのこそうか それとも
きみの背のしたをただよう
灰が変身した薔薇をつきくずそうか

星が吊りさげた海の大鍋をすこしずつうごかしでゆけ!

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ 火の頭を
上昇音階のジギタリスがつらぬくとき
水平線から毒があふれだす
いっぴきの鯨がそれをなめる

唯一者の指が蓮を沈黙させてひらく!

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ サボテンの
花からふきあがるあたらしい空のように
死がわれわれをつくりなおす
またたくまに蒸発するまっさおなものにしてしまう

なんというアルコールが凍った船!

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ 舌のうらに
種子の魚たちがただようとき
深海と高山のあいだから時があふれる
われわれは瞬間のかたちをきめる生と死だ

恐怖であまれたゆりかごを人間のために……

きみの
くちびるのうえに わたしの
くちびるをあげよう わたしの
くちびるのうえに きみの
くちびるをくれたまえ そして
虚無のけんらんたるパレットのうえに生が
発光しはじめる ひとさじの
魂のしおからのように

変わってゆけ 変わってゆけ 変わってゆけ!


 堀川正美詩集 (現代詩文庫29) 思潮社 1970


伊万里湾  犬塚尭 1924-1999(1979年『折り折りの魔』より)

鳥の群れが岬から飛び去る
曇天を一直線に
古い書翰を読むように
  (もし鳥が飛ばなければ
  空のことはもっと判りにくい)

海についてもそうだ
波の心を引っぱって
浜倉庫の石段から
陸に上がる蟹がいる

この村もかつて水底から上がってきたのだ
激しい雨が村を包み
野葡萄は痛い房を振っている

地上について僕が知っているのは
暗い繭と漁猟の網のこと
どの家からでも立上っている細い火のことだ


石油  犬塚堯(1983年『河畔の書』より)

驚くのは
僕らの五体が石油になるということだ
何十万年もあとに
思念が油の中で揺れるというのだ
けものの四肢は
砂にとけて成金草の根となるそうだ
突然の終末がくるとすれば
その日の最期の宴会がそのまま
花の間を通る運河の中を流れてゆく
僕が新しい空で
小夜啼鳥の眼となるなら
唐黍の輝きから始まる風景に声を上げるだろう
驚くのは
炎の中に出入りする気楽な官能が
垂直に立昇る次代の神の
胸飾りとなっていることだ
急速に滅びた民族の栄光は
半島となって突き出し
実現しなかった時代は
終日風の中で荒れまくる
驚くのは
道徳を仕上げて消えた王朝が
地下になお一竿の旗をもつことだ
そのとき僕は
湧き立つ新平野の秩序に入ってゆけるか
はじめて見る事実と虚偽を
直ちに区別できるか
それから
ずっと未来の鳥の墜落
あちこちで起る山火事
旧世紀が終わるとすぐ生れ出る新型のレモン
これらの出来事に
あらためてわななく感情はどれか
莨色の地層をかけのぼる僕は
たとえ油となっても
今より思慮深い力をもっているか


 犬塚尭詩集 (現代詩文庫82) 思潮社 1985


死人(しびと)  吉増剛造 1932-(1970年『黄金詩編』より)

 じっと凝視していると、墓所を失った死人たちが淋しそうに漂泊しているのが見える。

 二人、三人、緩慢な動作で音もなく移動している。囁くように問うてみると、静かに「死人」と答える。浅瀬を流れる水紋の微妙な形状が彼の唇にあらわれている。なにか、感覚しえぬ感覚が彼等の存在を支えているようだ。この一枚の絵のなかに私は眼を入れている。
 ちょうど水面に片眼だけそっと沈めかけるように、私は見ている。私は見ている。



 とても静かだ。静寂、そんな言葉を聞き、想像したことがあったが……これなのだろう。

 私の感覚がとらえているのは背中に覚える恐しい重量感だけかも知れぬ。素顔の背後で猛獣の巨大な輝く牙を感ずる。私の眼は牙の先端かも知れぬ。眼、これは背後から私を刺し貫く一条の光、牙なのだろうか、判らない。いずれにせよ、私は見ている。



 死人が振向く、その顔に徐々に私の顔の印象がつく。憑かれはじめる?! いや、ちがうだろう。彼の鬢の乱れをととのえてやっている。いつか夢のなかでみたように、彼と流星の観測法についてしゃべる。死人はしゃべる、いやしゃべらない、判らないのだ。人間のようでいて、どこか決定的に変形しているが、抽象ではない。死人がいる。あまり芸術的ではないありかたで……腐臭がするか、いやむしろ私が吐いている。私の腐臭がはずかしい、という感情が私をとらえ、そして消えた。



 墓所を失った死人たちが淋しそうに漂泊しているのが見える。二人、三人、緩慢な動作で音もなく移動している。



 「死人」……彼女の脚が輝くように美しい。明眸皓歯、神話に出てくる貴女の振向いた顔が美しい。私は自分が「好きなんです!」と叫ぶ声をどこかで遠くで聞いたようだ。この声だけが、私の意識を持続させているのだろうか、性行為、肉につつまれる感覚と私の全意識とは一体なのだが、私の声は一層の快楽だった。鏡! ナルシス?! もうそんな疑惑は生起しない。それらの言葉は静かに溶けゆく。死人がいる。



 たいてい夕暮、静かに一人部屋のなかで、迫りくる闇のなかで、私の眼のなかで、死人は歩きはじめる。



 「死人(わたし)は未来です」名状しがたい言葉が聞えたように感じられた。壊れたような音ではなかった。


 吉増剛造 朗読 死人 演奏:高柳昌行、翠川敬基 youtube動画Ushitora
 吉増剛造 頭脳の塔:詩集 青地社 1971


夏のほとりで  清水昶 1940-2011(1971年『朝の道』より)

明けるのか明けぬのか
この宵闇に
だれがいったいわたしを起こした
やさしくうねる髪を夢に垂らし
ひきしまる肢体まぶしく
胎児より無心に眠っている恋入よ
ここは暗い母胎なのかも知れぬ
そんななつかしい街の腹部で
どれほど刻がたったのか
だれかがわたしを揺すり
たち去っていく跫音を聞いたが
それは
耳鳴りとなってはるかな
滝のように流れた歳月であったかも知れぬ

だれがいったいわたしを起こした
土地から生えた部族たちが旗をおしたて
村をめぐった豊年祈願の祝祭
祭の中心で旗を支えわたしは
凶作の村道をぎらぎらめぐり
飢えの中心で旗を支えた少年の
麦のような手のそよぎであったのか

だれがいったいわたしを起こした
辺境からさらに辺境へ星を追って流れた老父の笛か
息をひそめた村の廃家で
笛のように荒涼と狂っていた少年の声か
火吹竹であたためた臓腑の飢えの
刺し込むような痛い記憶か
ラ・メール海よ恋人よ
わたしたちの寝台は夏の海辺で骨をむきだし
うねりまく鉛の海で純白のシーツが裂ける
そして
今日も口から霧を噴きだし
破船のように摩天楼の街なみにしずむ男がいる

だれがいったいわたしを起こした
都心を狙う夏雷の下
酒ひたる初老の男が食堂の階段を薄暗くのぼりつめ
水びたしの床に昏倒する
額にうっすらとした血がにじみ
その血は
薄っすらとした男の生涯を想わせ
男にいかなる生涯があったにしろ
男は全身の欲望を鼻先で断ち
身を捨てた男の鬚を
客たちのひややかな笑いが逆撫でる
わたしは男の生涯のようなものを食べ残し
疹く背で明滅する雷と雨の人道へ
影を踏んででていった
だれかがわたしを起こし
土砂降りの生涯の向こうに
しめやかに去っていく
気配がある


 新選 清水昶詩集 (新選現代詩文庫118) 思潮社 1980


水駅  荒川洋治 1949-(1975年『水駅』より)

妻はしきりに河の名をきいた。肌のぬくみを引きわけて、わたしたちはすすむ。

みずはながれる、さみしい武勲にねむる岸を著(つ)けて。これきりの眼の数でこの瑞の国を過ぎるのはつらい。

ときにひかりの離宮をぬき、清明なシラブルを吐いて、なおふるえる向きに。だがこの水のような移りは決して、いきるものにしみわたることなく、また即ぐにはそれを河とは呼ばぬものだと。

妻には告げて。稚(わか)い大陸を、半歳のみどりを。息はそのさきざきを知行の風にはらわれて、あおくゆれるのはむねのしろい水だ。

国境、この美しいことばにみとれて、いつも双つの国はうまれた。二色の果皮をむきつづけ、錆びる水にむきつづけ、わたしたちはどこまでも復員する。やわらかな肱を輓(ひ)いて。

青野季吉は一九五八年五月、このモルダビアの水の駅を発った。その朝も彼は詩人ではなかった。沈むこの邦国を背に、思わず彼を紀念したものは、茜色の寒さではなく、草色の窓のふかみから少女が垂らした絵塑の、きりつけるように直ぐな気性でもなかった。ただあの強き水の眼から、ひといきにはげしく視界を隠すため、官能のようなものにあさく立ち暗んだ、清貧な二、三の日付であったと。

水を行く妻には告げて。


 水駅:荒川洋治詩集 書紀書林 1975



  塚本邦雄 1920-2005

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも

櫻桃にひかる夕べの雨かつて火の海たりし街よ未來も

七月の眞晝なれども紺靑のコモ湖こころのふかきさざなみ


 星餐図 : 塚本邦雄歌集 人文書院 1971
 定本塚本邦雄湊合歌集 別巻(全首索引、年誌) 文芸春秋 1982
 塚本邦雄 藤原俊成・藤原良経 (日本詩人選23) 筑摩書房 1975
 塚本邦雄 新古今新考 : 断崖の美学 花曜社 1981
 塚本邦雄 花月五百年 : 新古今天才論 角川書店 1983


  寺山修司 1935-1983(『祖国喪失』より)

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや


 寺山修司全詩歌句 思潮社 1986


  石井辰彦 1952-(『七竈』より)

花ざかりの畑(はた)にしあれば雲雀あがり水晶の降る喜びの降る

降る星の雫よ眠れねがはくは我が蛻(もぬ)きたる森を臥所に(『深井』より)


 石井辰彦 七竈 深夜叢書社 1982


  石松佳(『超能力』より)

(すゑ)にみづ張られて花は浮かびをり花にもあるとふ性欲のゆゑ

この世にはなき商店街を吹きとほりこの世の風鈴おのづから鳴る


 石松佳 針葉樹林 思潮社 2020



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 日本現代詩 秀叢   2026.3.15作成  更新

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