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 桃山時代の絵画1 初期狩野派と狩野永徳

障屏画の時代
        15C           16C
御用絵師 如拙→周文→小栗宗湛→狩野正信→元信
        禅僧      俗人

漢画(水墨画)雪舟      …狩野派「漢画に倭画を兼ね備える」
 │
大和絵    …土佐派    …土佐光信―┘

障壁画の発展
1.禅宗寺院(書院、方丈)などのの装飾として建築内に附属
2.大画面 3.三次元の壁面 4.襖のユニット

諸派工房の競争と狩野派の制覇
1.技法 3種類の描き分け 筆様      画体      今だったら
             ┌馬遠様     楷体(真体)  ルネッサンス風
             ├和尚(牧谿)様 行体      印象派風
             └玉澗様     草体      抽象表現風
2.花鳥山水 近景を描いた山水に彩色花鳥 装飾化(水墨の和様化)
  人物山水 近景を描いた山水に故事人物
   わかりやすい主題 工房による共同制作 大画面へ
3.各間(部屋)ごとの描き分け 担当画家、主題、筆様を違える

塔頭(たっちゅう)
禅宗寺院建築で開山の墓(塔)を守るために一院を建て弟子が起居する建物
 塔頭の中心 塔を祀るための昭堂 (しょうどう) →方丈
鎌倉時代:これとは別に住職を退いた僧の隠居所として塔頭になったものも多い
室町末:大名、上人の菩提所として営まれる
 現存最古の方丈建築は東福寺龍吟庵方丈(1389年または1428年頃)

方丈 禅宗寺院建築で本堂、客殿、住職居室を兼ねるもの 丈室 禅寺住職の尊称にも転用

中国の方丈
インドの維摩居士の庵が1丈四方 (1丈=10尺 約3m 四畳半大) という伝承
仏徒の小庵や仙境を方丈と呼ぶ (鎌倉時代の鴨長明『方丈記』もこれに倣う)
前方丈 (路寝 長老住持が接衆教化を行う)
内方丈 (小寝 住持の常住所)      《大宋諸山図》

日本の方丈
1.本山方丈
禅寺の中心伽藍の最奥に客殿として本山方丈 (前方丈と内方丈) を置く
後に前方丈は、寝殿造風から、中門廊が玄関に変わり内部を6室に分割、大方丈に
  内方丈は、伽藍から分離し住房に
 本山方丈の遺構:建仁寺、大徳寺、妙心寺など(全て再建)
2.塔頭の方丈
中門廊から変化した玄関を前面下手に
方丈は本堂を兼ね境内中央近くに配置
身舎 (もや) は前半3室・後半3室の6室に間仕切、正面を吹放しの広縁とする
庫裏(くり 付属の実務所)を下手隣に、墓塔や昭堂は奥に配す

方丈の間仕切

祖師の居間
住持の間
出家僧の日常起居する間
  ↓
祖師没後:
衣鉢 (いはつ) の間
(上間一の間)
眠蔵 (めんそう)
塗籠 (ぬりごめ) や今の納戸の役割
祖師没後:肖像を祀る真室 (しんしつ)
  ↓
仏間
後世には室中に向かって開かれ,位牌などを祀る仏壇を設けた内陣的な室に
祖師在生中:
侍者の間
祖師没後:後継住持の居室、侍真寮 (じしんりよう)
  ↓
書院の間 公式の賓客用応接室
(下間一の間)
(上間 (じようかん)二の間)
庫裏に遠い接客室

檀那の間
檀家との交流の場

室中 (しつちゆう) の間
仏画や位牌などを祀り、禅を説き、ときには儀式も勤める
室中のみ正面を桟唐戸 (さんからど) として仏殿風につくる



(下間 (げかん)二の間)
庫裏に近い接客室

礼の間
公式の茶礼を行う


狩野正信 1434頃-1530頃
狩野派の創始者 関東の法華宗徒の出身→上京 後に法橋まで進む
1463年寛正四年 相国寺雲頂院障壁画(蔭涼軒日録)
1496年明応五年63歳頃 日野富子像制作 最後の画作の記録
●周茂叔愛蓮図 九州国立博物館
◎崖下布袋図 栗山家 1496-1500年頃 民間信仰「福の神」像 元信代筆?
 江湾山水図 68×33 藤田美術館 海岸のグラフィックな弧線
 山水図 小西家 夏珪−芸阿弥風
 滝山水図 長林寺(栃木) 横川景三賛 夏珪−芸阿弥風
 騎馬武者像 (将軍足利義尚像) 地蔵院 大和絵の技法
◎竹石白鶴図屏風 大徳寺真珠庵

狩野元信 1476-1559
父正信を継ぎ狩野派の基盤を築く 「和漢のその宜しきを得る」(『本朝画史』)
幼名は四郎二郎、大炊助(おおいのすけ)、越前守また法眼
初め幕府関係、管領細川氏のパトロン
幕府の弱体化により宮廷・公家に(土佐光信1434?-1525?の娘千代を妻に)
後期には石山本願寺、上層町衆など各階層のパトロンに拡大
84歳の長命 個性的でエネルギッシュな才能は永徳、探幽に隔世遺伝
[作品]
山水・人物・花鳥の全ての画題、障壁画の大画面から絵巻物、扇まで広範
父正信の漢画水墨画に大和絵の華麗な彩色技法を取り入れる
多様な筆様を真行草の画体に整理単純化、真行草の山水・真行の人物・真行の花鳥
とりわけシャープな楷体の平面表現にすぐれる
息の短いポキポキとした明解な輪郭(元信様式)
 真山水図 楷体 紙本墨画淡彩 京都国立博物館 細密
◎1507年永正四年狩野元真 細川澄元像 絹本著色 119.7×59.7cm 永青文庫
 澄元1489-1520 景徐周麟1440-1518賛 元信筆か?
1513年鞍馬蓋寺縁起絵巻 詞書き青蓮院尊応
1513年永正十年38歳 大徳寺大仙院方丈障壁画 壮年期の代表作
 一説に1535天文四年増設時(西和夫説) →大徳寺の塔頭
◎禅宗祖師図 楷体 紙本墨画淡彩 東京国立博物館 軸に改装
 東側壁貼:《大満送大智図》《香巖撃竹図
 南側襖:《霊雲観桃図》《潙山踢瓶図》《三平開胸・石鞏張弓図
◎四季花鳥図 楷体 紙本着色8幅 京都国立博物館 高精細画像:春夏
◎仙人高士図 楷体 紙本墨画淡彩 東京国立博物館 軸に改装
  西側《西王母・東方朔図》4幅・南側《太公望・林和靖図》4幅
  北側東寄りの物入れ:下部襖《朱買臣図》2幅
  上部天袋小襖《果子(蔬果)図》 全4幅・紙本淡彩 柿、石榴枇杷、蓮根
衣鉢の間
元信の
禅宗祖師
仏間 書院の間
伝元信の
仙人高士
檀那の間
元信の
四季花鳥

室中の間
相阿弥の行体山水


礼の間
狩野之信四季耕作図

◎1515年 釈迦堂縁起絵巻六巻 紙本着色 清凉寺 京都国立博物館寄託
 1521年永正十八年 ケ林宗棟像 宗棟自賛 京都・龍安寺
◎1522年大永二年 酒伝童子絵巻三巻 紙本着色 サントリー美術館
◎1539年天文八年以前 神馬図額 兵庫・賀茂神社

1543年天文二年68歳 妙心寺霊雲院方丈障壁画 晩年の代表作
◎四季花鳥図 京都国立博物館 軸に改装 行体牧谿様 淡彩
◎琴棋書画図 東京国立博物館 軸に改装 楷体
◎月夜山水図 京都国立博物館 軸に改装 草体
◎雪景山水図 京都国立博物館 軸に改装 行体
衣鉢の間
元信の
行体雪景山水
仏間 書院の間
元信の
草体月夜山水
檀那の間
元信の
楷体琴棋書画

室中の間
元信の
牧谿様四季花鳥


礼の間
溪山問奇
◎1549年四季花鳥図屏風 白鶴美術館 金地着色 “狩野越前法眼生年七十四年”款
  和漢融合の代表作 明時代の中国にこの種の金碧屏風が輸出された
◎瀟湘八景図四幅対 妙心寺東海庵 京都国立博物館委託 煙寺 漁村
 白衣観音像 絹本着色 157.2x76.4cm ボストン美術館 蜂須賀家旧蔵
 飯尾宗祇像 絹本着色 98x54.4cm ボストン美術館 鴻池家旧蔵
 琴棋書画図屏風 メトロポリタン美術館 墨画淡彩 元信派の優作

狩野松栄 1519-1592
元信の三男 元信を継承、実子の永徳を引立てる
作風は温雅、保守的
◎1563年大徳寺仏涅槃図『点眼仏事記』
1566年永禄九年48歳 大徳寺聚光院方丈障壁画 三好家の菩提寺
●瀟湘八景図 紙本墨画8面 草体山水
●竹虎遊猿図 紙本墨画・猿図4面、竹虎・竹豹図壁貼付各1面 行体走獣
 仏間 蓮鷺藻魚図小襖 紙本墨画6面
花鳥図屏風 ボストン美術館
京都名所扇面 ボストン美術館

狩野永徳 1543-1590
[生涯]
狩野派400年第一の画家 早熟 祖父元信の指導
1543年天文一二年1歳正月13日狩野松栄直信の長男として京都山城国に生
 はじめ源四郎、永徳は法号、諱州信(くにのぶ)・重信など諸説
1551年天文二十年9歳弟宗秀生
1552年天文二一年10歳正月29日、祖父元信、孫を同道し将軍足利義輝に伺候
1559年永禄二年17歳10月6日祖父元信没
1565年永禄八年23歳将軍足利義輝の依頼で「洛中洛外図屏風」を制作か
 長男光信、山城で生(一説に永禄四年)
1566年永禄九年24歳三好義継、父長慶の菩提を弔うため大徳寺聚光院を建立
 永徳、父松栄とともに障壁画を描くか(天正11年説あり)
1571年元亀二年29歳豊後(大分県)の大友宗麟のもとに赴き臼杵丹生島城障壁画を描く
 次男孝信、京都にて生
1574年天正二年32歳3月織田信長、越後の上杉謙信に永徳「洛中洛外図屏風」一双を贈る
1576年天正四年34歳「芦穂蒔絵鞍」の下絵を描く
1578年天正六年36歳この頃から安土城七重天守と諸御殿の障壁画を一門を率い制作
1580年天正八年38歳8月信長、狩野源七郎(源四郎の誤記か)の「安土山図屏風」を正親町天皇のご覧に入れる。天皇、これを懇望するが断られる
1581年天正九年39歳7月信長、宣教師ヴァリニャーノに「安土山図屏風」を贈り、二年後ローマ法皇のもとに届けられる
 9月8日安土城工事完了。永徳と息子光信は小袖を拝領
1583年天正一一年41歳聚光院障壁画を描くか(永禄九年説あり)
1584年天正一二年42歳8月8日秀吉、大坂城に移る。永徳一門、障壁画を描く
1587年天正一五年45歳9月13日聚楽第完成。永徳一門、障壁画制作に従事
1588年天正一六年46歳12月秀吉、母大政所の寿塔として大徳寺山内に天瑞寺を造営
 永徳、金地極彩色の松・竹・桜・菊一式の襖絵を描く。 1589年天正一七年47歳3月内裏造営開始。永徳一門、障壁画制作に従事
1590年天正一八年48歳2月秀吉、智仁親王のために八条宮家を創設し御殿を造営。永徳、障壁画を描くか
 「檜図屏風」「秋草図屏風」「源氏物語図屏風」が障壁画にあたるか
 6月25日勧修寺晴豊、永徳による新造御所の襖絵を後陽成天皇のご覧に入れる
 8月8日造営奉行前田玄以とその配下山口宗長が御所対屋の障壁画を「はせ川と申す者」(等伯か)に申し付けたことを迷惑として、弟宗秀や長男光信とともに勧修寺晴豊に排除を申し入れる
 9月この頃病重く、東福寺法堂の天井画蟠龍図の制作を中断、山楽が代わる
 9月14日死去、寺之内の妙覚寺(京都市上京区)に葬られる
[作品]
時代を代表する建築に膨大な量を描きながら戦火のため遺品は少ない
安土、聚楽、大阪三城の焼失=日本絵画史上の一大欠落
 大画面に「鶴が舞い大蛇がのたうつ」ような生命力あふれる筆
「山水人物花鳥皆爲細畫,間有大畫。望之則似舞鶴奔蛇之勢。其人物岩木花艸有過於祖先也。豊臣秀吉公築聚楽、大阪二城,建大殿使永徳畫其金壁」 「永徳細筆無暇,故専爲大畫。或松梅長一二十丈,或人物高三四尺。其筆法皆粗而草然」「墨畫用藁筆,大抵有祖風,頗出新意」(『本朝画史』3専門家族)
短命 48歳、しかし時代の覇者をパトロンとし精力的な創作
 四季花鳥図屏風 静岡県立美術館 みずみずしい感覚の初期作
1565年頃洛外名所遊楽図屏風 個人蔵 2006年発見、永徳初期作か
 右隻:秋冬の嵯峨、嵐山、大堰川(桂川上流)、左隻:春夏の平等院宇治川
●1565年永禄八年23歳9月3日 洛中洛外図屏風 13代将軍足利義輝(松永久秀に襲われ自刃)→天正二年(1574)信長→謙信→米沢上杉家
  右隻上京、左隻下京 2500人の人物 永徳細画の例 →参照:近世初期風俗画
1566年永禄九年頃二十四孝図屏風 惟高妙安ら四僧賛 6曲1双 福岡市博物館
1566年聚光院襖絵以前 松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風 6曲1双 原三溪旧蔵
1566年永禄九年24歳 大徳寺聚光院方丈障壁画
 一説に1583年天正十一年41歳頃(1998渡邉雄二説、2007山本英男)
 三好義継1551-73が三好長慶1522-64の菩提を弔うために創建
●四季花鳥図 紙本墨画16面 行体山水 永徳大画の例(紅梅大樹3D画像
 「あくい若中」(ワカナカ)の書込:上京区安居院地区の青年会、妙覚寺の若者の意か
●琴棋書画図 紙本墨画淡彩8面 楷体山水 
衣鉢の間
松栄の
行体竹虎
仏間 書院の間
山水
檀那の間
永徳の
楷体琴棋書画

室中の間
永徳の
牧谿様四季花鳥

礼の間
松栄の
草体山水
1574年天正二年普賢菩薩像 狩野源四郎落款 長野・常楽寺
1576年天正四年◎芦穂蒔絵鞍下絵 東京国立博物館
1576年天正四年34歳以前 安土城障壁画→天正十年明智光秀により焼失
 永徳最大の仕事 地下1階-地上6階の全てに金碧障壁画(金地に濃彩) 参考:復元
 7層 道教・儒教 三皇五帝、孔門十哲、竹林七賢、天人影向など
 6層 仏教 釈迦十大弟子、釈迦成道と釈迦説法図、餓鬼畜生(阿鼻地獄図)、飛龍
 5層 なし
 4層 松竹など花木、桐に鳳凰、龍虎、許由巣父、てまりの木、鷹、武家風俗など
 3層 花鳥図、牧場図、仙人、賢人など
 2層 墨梅、遠寺晩鐘、鳩、鵞鳥、雉子、儒者など
 1層 山水画、人物画、花鳥画、走獣画など
(1583年天正十一年41歳聚光院方丈障壁画説)
天正年間40代初期 唐獅子図屏風 224×453cm 秀吉→毛利氏→御物三の丸尚蔵館
1585年天正十三年43歳 大阪城障壁画(焼失)
1586-91年天正十四年頃◎南禅寺大方丈障壁画(狩野派合作) 1586年正親町殿か
 琴棋群仙図17面、二十四孝図14面の人物が永徳、背景は弟子か
1587年天正十五年45歳 聚楽第障壁画(現存せず)
1588年天正十六年46歳 天瑞寺障壁画(現存せず)秀吉の大政所の病気平癒のため
 禅宗寺院に初の室中金碧障壁画(1857年狩野芳崖による雑画真景写縮図)
1590年天正十八年48歳?●檜図屏風 東京国立博物館 八条宮廷障壁画の一部
◎許由巣父図(きょゆうそうほず) 双軸 東京国立博物館
◎仙人高士図屏風 京都国立博物館 建仁寺塔頭霊洞院の襖絵?
 花鳥図押絵貼屏風 6曲1双 個人蔵
 梔子に小禽図
 老莱子図 菊屋家住宅保存会
 四季山水図屏風 狩野元信(右)・永徳(左) 6曲1双 香雪美術館
 渡唐天神像 策彦周良賛 愛知・定光寺
 柿本人麻呂像 誠仁親王賛 群馬県立近代美術館(井上コレクション)
 老松竹虎図 全9幅 アルカンシェール美術財団
 織田信長像 大徳寺
1583年天正十一年土佐光吉宛書状 1巻 東京国立博物館
○寿謙宛書状 1幅 石水博物館
州信印のある作品
四季花鳥図屏風 州信印 6曲1双
雲龍図屏風 州信印 6曲1双 今治市河野美術館
瀟湘八景図 州信印
夏冬山水図2幅 州信印
蘿蔔図 州信印
笹に双鳩図扇面、芦雁図扇面 東京国立博物館
泊舟図扇面、柘榴図扇面(扇面画帖のうち)策彦周良賛 州信印 奈良国立博物館
枯木に双雀図扇面 州信印
蔬菜図扇面 州信印 群馬県立近代美術館(井上コレクション)
二十四孝図扇面流し屏風 州信印 6曲1双
松に鳩図扇面 愛知・真宗大谷派名古屋別院
瀟湘八景図扇面 州信印 奈良県立美術館
山水図扇面 州信印 奈良県立美術館
草山水図扇面 州信印


狩野派系図

(│は実子、:は養子、門人)               正信
                          ┌──┤
                          之信 元信
                       ┌──┬──┤
                       松栄 秀頼 宗信祐雪
┌…………………………………………………………┤
:                      永徳
:  ┌…………………………┬────────┤
内膳 山楽         孝信       光信
   :   ┌──┬───┤        ├……┐
   山雪  安信 尚信  探幽       貞信 興以
   │      │  ┌┼………┐    :
   永納     常信  探信  益信   安信
   ↓      ↓   ↓   ↓    ↓
 (京狩野) (木挽町)(鍛冶橋)(駿河台)(中橋狩野)
          │
          周信
          │
          古信
          │
       栄川院典信
          │   
       養川院惟信
   │      │   │
   永俊  伊川院栄信1775-1828
   :      │   探信守道1785-1836
   永岳  晴川院養信1796-1846
          │   │       (一信1816-1863)
       勝川院雅信
          :
          芳崖


参考書
狩野永徳 京都国立博物館特別展図録 2007年10月
武田恒夫 狩野派障屏画の研究:和様化をめぐって 吉川弘文館 2002年
辻惟雄 戦国時代狩野派の研究 狩野元信を中心として 吉川弘文館 1994年
日本美術全集 永徳と障屏画 辻惟雄/河野元昭/矢部良明編 講談社 1991年
武田恒夫 近世初期障屏画の研究 吉川弘文館 1983年
土居次義 水墨美術大系8巻 元信・永徳 講談社 1974年
狩野山雪・永納 1678年序本朝画史、1819年続本朝画史 国会図書館蔵
 明治期 尚栄堂文永堂本
  1画原 2上古画録 3中世名品 4専門家族,雑伝 5画印
 明治刊本
  1総説、上古画録 2中世名品 3専門家族、雑伝 4皇朝名画拾遺 5皇朝名画拾遺

参考サイト
京都国際文化交流財団静止画アーカイヴ 聚光院、元離宮二条城などの障壁画画像
京都の日本建築 京都寺院建築の画像と解説 増田建築研究所のページ

展覧会
天下を治めた絵師 狩野元信
2017年9月16日(火)-11月5日(日) サントリー美術館
漢画としての水墨画に和の大和絵の金碧画、父正信の作や中国絵画を併せ約90件による狩野元信初の回顧展
桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち
2015年4月7日(火)-5月17日(日) 京都国立博物館(終了)
特別展覧会 狩野山楽・山雪
2013年3月30日(土)-5月12日(日) 京都国立博物館(終了)
特別展覧会 狩野永徳
2007年10月16日(火)-11月18日(日) 京都国立博物館(終了)
新発見や関係資料も含め約70件による狩野永徳初の回顧展。入場者数約23万人
国宝 大徳寺聚光院の襖絵
2003年10月31日(火)-12月14日(日) 東京国立博物館(終了)
狩野永徳と父 狩野松栄による方丈襖絵46面を立体的構成で一堂に展示
さらに狩野松栄《花鳥図屏風》(京博)、狩野永徳《許由巣父図》(東博)、《仙人高士図屏風》(京博)、長谷川等伯《四愛図衝立》(聚光院)、江戸前期雲谷派(伝総見院旧蔵)の襖絵。他に千利休ゆかりの書、茶道具など
生誕400年記念「狩野探幽」展
2002年10月19日-12月8月 東京都美術館(終了)
『雪中梅竹遊禽図襖』(名古屋城)『桐鳳凰図屏風』(サントリー美術館)『四季松樹図屏風』(大徳寺)『松鷹図』(二条城)などの代表作、『探幽縮図』『果疏草花図巻』など全105点(内重要文化財22点)


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 日本美術史ノート 水墨画の展開 初期狩野派と永徳   2002.10写 

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