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 中国絵画史ノート 元時代 絵画の変、趙孟頫(子昂)と復古主義

元時代1279-1368の絵画の変 文人画の成立
モンゴルによる征服王朝 江南の漢人への差別、科挙の廃止
 蒙古(モンゴル人、征服民族)
 色目(イスラム人、モンゴルへの協力者、西方民族)
 漢人(華北の漢人、金国治下の漢民族)
 南人(江南の漢人、江南の遺民、漢民族)
10ランク 1.モンゴル 2.イスラム … 8.芸人、娼婦 9.儒者 10.賎民
 江南の士大夫層は下級官吏あるいは在野の処士に 官僚×
                        地主△
                        文人○
江南文人の隠逸的活動
演劇:元曲 元末四大家の黄公望も戯曲家
絵画:文人画の成立 
 文人(アマチュア、“老人力”の芸術)隷家←→行家(プロ)
 北宋末蘇軾らの理論化 1.写意>形似(一種の抽象表現主義)
            2.胸中の気、>技巧
            3.復古主義(内面化)

中国絵画の3つの特性からみた宋から元への転換
1.社会性 職業画家(宮廷画家)→文人画家(元に画院はない)  
2.地域性 華北→江南(南北問題)  
3.絵画性 著色画と水墨画、絹→紙、墨→筆  

元代前半は過渡期 多様な様式 (→元末四大家により文人画の古典的完成)
 1.董巨派(五代董源、巨然の流れ)の復古 江南の伝統
    唐の古拙な青緑山水の継承と復古を含む
 2.李郭派(北宋李成、郭煕の流れ)の復古 華北の伝統
 3.南宋院体画を浙江地方様式として守旧(前浙派)→明代浙派へ
 4.禅宗水墨画の文人画化、道釈人物画のデフォルメ
 5.墨竹、墨蘭、墨梅の文人墨戯の発展


銭選 1235頃‐1301以降
呉興(浙江省湖州)で活躍 南宋末景定(1260-64)年間の郷貢進士、元になってからは南宋の遺民、在野の文人として売画により生計
アルカイックで図式的な青緑山水、精緻な花鳥画を得意にする
意図した古拙さ、不器用さをねらい、宋代絵画からの転回を行った先駆者
山水画:
《山居図巻》 紙本著色 26.5×111.6 北京故宮博物院 金碧青緑山水の復古
 自題:山居惟愛靜,日午掩柴門。寡合人多忌,無求道自尊。鷃鵬俱有志,蘭艾不同根。安得蒙莊叟,相逢與細論。吳興錢選舜舉畫并題。
 「舜舉印章」「舜舉」「錢選之印」印
《幽居図巻》 紙本著色 27×115.9 北京故宮博物院 青緑山水の復古
《浮玉山居図巻》 紙本墨淡 上海博物館 花青など淡い色彩、幾何学的形態
《王羲之観鶩図巻》 紙本著色 23.2×92.7 メトロポリタン美術館
人物画:
《楊貴妃乗馬図巻》 フリア美術館 元末明初
花鳥画:
1289年以前《八花図巻》 紙本著色 29.4×333.9 北京故宮博物院
 海棠、梨花、桃花、桂花、秋海棠?、梔子、月季?、水仙 無署名「舜舉」印
 画と同紙に1289趙孟頫跋:右吳興錢選舜舉所畫八花真跡,雖風格似近体,而傅色姿媚殊不可得。爾來此公日酣于酒,手指顫抖難复作此。而鄉里后生多仿效之,有東家捧心之弊,則此卷誠可珍也。至元廿六年九月四日同郡趙孟頫。
1294年《花鳥三段図巻》 紙本著色 38×316.7 天津博物館
花鳥三段図巻  寫生折枝、沒骨 碧桃一翠鳥、白牡丹、垂枝白梅
 各段自題「翰墨遊戲」「錢氏舜舉」「錢選之印」「舜舉印章」、末段詩後款“至元甲午畫于太湖之濱並題”
「霅溪翁錢選舜舉畫印」「舜舉」「舜舉」「舜舉」「舜舉印章」「錢選」「錢選舜舉」「錢選之印」「錢氏」「翰墨遊戲」「翰墨遊戲」
 明李書樓→陳汝器→清耿紹忠→內府乾隆帝、嘉慶、宣統帝 『欽定秘殿珠林』『石渠寶笈續編』等著錄
《梨花図巻》 紙本著色 31.1×95.3 メトロポリタン美術館
《来禽梔子図巻》 紙本著色 29.3×78.3 フリア美術館
《桃枝松鼠図巻》 台北故宮博物院
《蓮花図》 紙本 42×90.3 山東省博物館
 1971年山東省鄒県九龍山、魯王朱檀(1370-89、朱元章第10子)墓出土
 自題:袅袅瑤池白玉花,往來青鳥靜無嘩。幽人不飲閑攜杖,但憶清香瓣月華
当時から贋作が多く、日本にも無名の職業画家による伝銭選花鳥画が多数伝来

趙孟頫ちょうもうふ 1254-1322
1299年自画像頁部分 [生涯]
字 子昂すごう、号 松雪道人、趙文敏などとも呼ばれる 呉興人
南宋の宗室 孝宗の実父趙子偁5代の孫 趙孟堅1199-1295とは従兄弟
1254年南宋理宗寶祐二年生。父は至正議大夫趙與訔
生家は湖州市甘棠橋畔南、孫衙河頭55號到65號の故居(二層三進六開臨河廊屋式建築)とされる
(元沈夢麟詩:
 蓮花莊北長橋東,客來卜居水晶宮。參差樓閣煙塵外,窈窕山川圖畫中。
 細雨新帆來舞動,故家喬木鎮東風。請看杜牧題詩處,千古風流一笑間。)
宋末地方官に 宋滅亡後、呉興に隠棲
1286年至元23年、元の世祖フビライに召され大都 (北京) に、官位につく
世祖、成宗、武宗、仁宗、英宗諸帝の信任をうけ5朝に仕えた
妻の管道昇1262-1319、子の趙雍も書画、墨竹をよくした
日本人との交流:1307年頃入元した雪村友梅1290-1347が行浙江等拠儒学提挙の趙孟頫と会い墨を贈られる(『雪村行道記』)
[作品]
元代文人書画の基礎を作ると同時に後世に多大な影響
復古による革新 詩書画ともにすぐれ「詩書画一体」をうちだす
詩文:『松雪斎文集』
:楷行を得意とし、草篆に優れ、章草を良くした
王羲之、王献之を優美かつ秀勁な古典的書風「趙体」として復古
(以下、尺牘の推定年代は単国強「趙孟頫信札繋年初編」を参考)
1286年33歳以前呉興期:
1282至元19年頃 行書《杜甫秋興詩巻》 上海博物館 晋唐書風を学ぶ
1287-94年34-41歳北京済南期:
1289年小楷《禊帖源流巻》 高麗紙 26×219.5 台北故宮博物院
 姜夔『蘭亭考』を野翁の爲に北京で書した 1309年自跋
趙孟頫尺牘二帖冊 台北故宮博物院
致鮮于枢『論古人書蹟札』 台北故宮博物院
《二贊二詩巻》 北京故宮博物院 41-43歳頃(王連起)の大字行書
1295-99年42-6歳休病帰郷期:
壮年期の書風、趙体の形成期、学二王を学び唯美的
1295年以降(鵲華秋色図巻の頃)書趵突泉詩巻 33.1×83.3 台北故宮博物院
致民瞻宰公《趙孟頫十札巻》 上海博物館
《趙孟頫七札冊》 台北故宮博物院
《趙孟頫管道昇尺牘合璧巻》 北京故宮博物院
1297年12月5日行書《歸去來辭卷》 上海博物館 「孟俯」款 粒粒の書
  1299-1309年46-56歳浙江江蘇期:
趙体の成熟期、姿媚温潤
1301年1月8日《赤壁二賦冊》 子昂“趙氏子昂(平)”印 台北故宮博物院
1303年頃楷書《玄妙観重脩三門記巻》 紙本 東京国立博物館
1305年《周易繋辭巻》 北京故宮博物院
致明遠提挙『柔毛帖』《趙孟頫尺牘詩翰》 台北故宮博物院
行書『過蒙帖』29.5×39.6等4札 《趙孟頫集冊》 北京故宮博物院
《趙孟頫六帖冊》 台湾陳氏蔵
『恵書帖』 北京故宮博物院
●1309年『承教帖』《趙孟頫致中峰和尚六札》 静嘉堂文庫美術館
管道昇『秋深帖』(趙孟頫代書) 26.9×53.3 北京故宮博物院
1309年5月14日章草《急就章冊》 23紙 上海博物館 要検討
1309年7月31日楷書《湖州妙嚴寺記巻》 “松雪斎”偽印 プリンストン大学美術館
1309年9月15日章草《急就章巻》 遼寧省博物館 要検討 明解縉等跋
1310-18年57-65歳再赴北京期:
中晩年から晩年へ
1310年行書《蘭亭十三跋》 紙本 東京国立博物館
1310年行書《王羲之書》 紙本 24.4×117 メトロポリタン美術館
●1311年『長兒帖』、1313年『暫還帖』『幼女帖』『仏法帖』『亡女帖』行書《趙孟頫致中峰和尚六札》 静嘉堂文庫美術館(1304,1310説) 子を失った哀傷が胸を打つ
1312年『呉門帖』《趙孟頫致中峰和尚十一札冊》 台北故宮博物院
1314年行書《萬壽曲卷》 北京故宮博物院
1319-22年66-69歳晩年帰郷期:
老年の特色、趙体の姿媚の中に雄健の勢
1316年小楷《道徳経巻》 24.5×618.6 孟頫“趙氏子昂”印 北京故宮博物院 付老子像
1316年《酒德頌》 28.5×65.2 子昂“趙氏子昂”印 北京故宮博物院
1319年延祐6年 楷書《九鍔墓誌銘巻》 陽明文庫
1319年小楷《洛神賦冊》 各25.7×10.3 北京故宮博物院(画像のみ) 
1320年9月13日小楷《漢汲黯伝冊》 永青文庫
1320年3月楷書《杭州福神観記巻》 趙6印偽印 北京故宮博物院 晩年楷書の代表作
1320年10月行書《道經生神章卷》 北京故宮博物院
1319年『去家帖』《趙孟頫七札冊》 台北故宮博物院
1319-20年《趙孟頫致中峰和尚十一札冊》(『呉門帖』を除く) 台北故宮博物院
1322年『旬日帖』『乞米帖』《趙孟頫雑書四帖》 北京故宮博物院
無紀年書:
草書《千字文卷》 24.1×240.6 北京故宮博物院 章草の筆致
行書《帰去来辞巻》 遼寧省博物館 成熟期の作 1297上博本より以降
行書《洛神賦卷》 29×220.9 子昂 北京故宮博物院 趙氏行書の代表作
行楷書《昔尋李愿詩卷》 30×99.5 北京故宮博物院 晩年の力作
行書《七絶詩冊》 34.7×35.3 北京故宮博物院 晩年大字行書
行書《閑居賦巻》 台北故宮博物院 晩年呉興期李邕の用筆が加わる
行書《煙江疊嶂詩卷》 遼寧省博物館 大字行書 要検討 沈周・文徴明山水長跋

:北宋末李公麟の白描画を習う 山水、蘭竹古木石、人馬などを得意にする
中国絵画史における「絵画の変」とも呼ぶべき文人画の基礎付けと方向性を行い、直接的には元末四大家へ、間接的には後世の文人画に多大な影響
《秀石疏林図巻》 紙本墨画 北京故宮博物院 コピー
別紙自跋:石如飛白木如籀,寫竹還於(應)八法通。
     若也(還)有人能會此,方(須)知書畫本來同。 書画用筆一致論

(石は飛白、木は大篆、竹は楷書の線を用いてそれぞれ描くとよい)
早期:
1286年33歳以前呉興期:
1286年以前《謝幼輿丘壑図巻》絹本著色 プリンストン大学美術館
 六朝風の青緑山水 詩的古拙主義 『晋書』顧愷之伝「また謝鯤の肖像を作ったとき、岩山の中にある姿を描いてこう言った。「この方は丘壑のなかにいらっしゃるのがふさわしい。」(「又為謝鯤像、在石巌裏、云、此子宜著丘壑中」)を絵画化 
 呉興姚式、鄧榆木、虞集、宋無題:
 黄塵汙人廊廟具,蕭散風流誰比數。清言善畫浪相傳,遺恨千年機上女。
 趙雍題:右先承旨早年作幼輿丘壑圖,真迹無疑。拜觀之余,悲喜交集,不能去手,無言師宜寶之。雍
 倪瓚題:
 自題:予自少小愛畫,得寸缣尺楮,未嘗不命筆模寫。此圖是初傅色時所作,雖筆力未至,而粗有古意。迩來須發盡白,畫乃加進,然百事皆懶,欲如昔者作一二圖,亦不可得。右之要予再跋,故重書以識之。孟頫。
 趙雍題:右先平章初年所作。雍至正十七年春至錢塘,鄒伯常複以見示,拜觀之余,悲喜交集,展玩不能去手。伯常宜寶藏之。
 趙麟題:此圖乃先大父早年所作,真迹無疑。至正丁酉四月,拜觀于會稽之寓舍。
 宇文公諒、楊維禎題:伯常避難東徙,家資如山,委棄不複顧戀,獨珍惜此畫,不忍使失去。客中時一展玩,辄欣然自慰。雅好異于流俗,深可敬也。
1287-94年34-41歳北京済南期:
壮年期:
1295-99年42-6歳休病帰郷期:
1295年《鵲華秋色図巻》 紙本著色 28.4×93.2 台北故宮博物院
 周密のため山東省済南市近郊のの名山・華山と鵲山を描く
 自題:公謹父。齊人也。余通守齊州。罷官來歸。為公謹說齊之山川。
 獨華不注最知名。見於左氏。而其狀又峻峭特立。有足奇者。乃為作此圖。
 其東則鵲山也。命之曰鵲華秋色云。
  元貞元年十有二月。吳興趙孟頫製。
(華山の西にある鵲山を東としたのは「筆誤」乾隆帝跋;自識の大部分に欠損、明代文派による補写。鈴木敬説『中国絵画史中之二』注33;北が下にくる古代地図観念からは東でよい。高木森説)  楊載1271-1323、董其昌5跋
鵲華秋色図巻 乾隆題詩を省略したもの  
鵲山 華山  
鵲山 華山  
 1.様式:董源の復古 しかし空気や光の表現はなくやや抽象化
 2.技巧:乾筆=擦筆(すりつけかすれた墨)のタッチによる実在感
 3.視覚:統一した地平面(プリンストン大学方聞氏の説
 4.構図:「一河両岸」前景と後景の間に湖水
     江山図江南画のバリエーション
《江村漁楽図》団扇 絹本著色 クリーブランド美術館
1296年《趙氏三世人馬図巻》  メトロポリタン美術館
1299年《自画像頁》 絹本著色 北京故宮博物院 謝幼輿丘壑図と似る コピー?
晩年:
1299-1309年46-56歳浙江江蘇期:
1302年8月16日《蘭竹石図巻》 紙本墨画 上海博物館 コピー
1302年11月15日《水村図巻》 紙本墨画 北京故宮博物院 元人等57跋
 趙孟頫水墨山水画の基準作 知的で抽象的な写実 平淡
1303年2月6日《重江畳嶂図巻》 紙本墨画 台北故宮博物院 李郭派の復古
1303年暮春《紅衣西域僧図巻》 紙本著色  遼寧省博物館 精品 1320年自跋
1310-18年57-65歳再赴北京期:
1312年《秋郊飲馬図卷》 北京故宮博物院 柯九思跋
1319-22年66-69歳晩年帰郷期:
1321年《趙氏一門三竹図巻》 紙本墨画 北京故宮博物院 コピー
1321年《竹樹野石図》 絹本墨画 王季遷 コピー?
無紀年画:
《双松平遠図巻》 紙本墨画 メトロポリタン美術館 李郭派の復古
  別本:上海譚敬工作室よる楊載跋も含む迫真の摹本 シンシナティ美術館
《呉興清遠図巻》絹本著色 上海博物館 茜色痛み 元人崔復の模本と合巻
《二羊図》 紙本墨画 フリア美術館 肥羊・痩山羊の象徴
《墨竹図》 紙本墨画 50.5×144.1cm クリーブランド美術館 コピー 29跋
《古木竹石図》 北京故宮博物院 飛白の筆法 書画一致の思想
《茅亭松籟図》団扇 台北故宮博物院
《洞庭東山図》絹本著色 上海博物館 明代呉派による偽作?
《山水三段巻》紙本墨画 上海博物館 元人による3点の山水画 呉湖帆跋


1.董巨派の画家

高克恭 1248-1310
ウイグル人、大同(山西省)の藉、北京の房山に移る 元の官僚、一時江南に
1309《雲横秀嶺図》 絹本著色 台北故宮博物院 米法山水の復古
《春山欲雨図》 絹本著色 上海博物館 無款、晚年の作

盛懋せいぼう 
嘉興(浙江省)人 南宋の職業画家盛洪の子 董巨様式を技巧的に扱う
《山居納涼図》 絹本著色 ネルソン美術館 ちぢれた披麻皴、大観的な山水
《秋舸清嘯図》 絹本著色 上海博物館 人物山水

方従義 1302頃-1393
[生涯]
字は無隅,号は方壺、不芒道人、金門羽客、鬼谷山人。貴溪(江西省)の人。正一道派の上清宮道士。 1343年至正三年には大都(北京)にて蒙古道士張彥輔、色目進士余闕などの文人と交わる
[作品]
詩文、古隸、章草、山水画、特に雲山墨戲に巧み。自ら「太行者,天下之脊,而居庸、虎北者,天下之岩險也,其雄城奇麗,非江南所有。天府之藏,王公巨人之所有,皆古之名畫,余所願見者,今皆見之,而以慊吾之志,充吾之所操。」(『青陽文集』卷四)という。
「學道于龍虎(山),心迹超邁,不汙塵垢,時寫山水,有奇趣。若武夷、匡廬、恒岱、華不注諸山,數爲余圖之,而仙岩者又常所坐臥其間也。」(元末危素『危太樸文集』)
明代王世貞「品之逸者也」の評。梁楷、高克恭、倪瓚、徐渭、八大山人の逸格の系譜
1338至元四年雲林図 危太樸のため
1348年《惠山舟行図》 28.2x50 台北故宮博物院
 款:至正戊子十月。過訪白雪先生。舟次惠山作此。奉贈碧溪道友。方方壼「方壼書印」「周大夫方叔之後」印
《雲山図巻》 紙本墨画淡彩 26.3×144 メトロポリタン美術館
1359年《武夷放棹図》 北京故宮博物院
 題款:武夷放棹、自題:敬堇簽憲周公,近采蘭武夷,放棹九曲,相別一年,令人翹企。因仿巨然筆意圖此,奉寄仲宣佈,幸達之。至正己亥冬,方壺寓烏石山識。「方壺清隱」印
1360年《太白瀧湫図》 紙本水墨 105.6×46.1 大阪市立美術館
 自題: 至正廿年庚子歲二月望後三日,爲彥嘉老友寫太白瀧湫圖。上清羽客方壺墨戲。
1365年《神嶽瓊林図》 120.3×55.7 台北故宮博物院
1377年《雲林靈秀図》 水墨紙本 23.5×105 道教第32福地龍虎山を描く
 款:方方壺畫。洪武丁巳方壺子作贈鄧止還朝。
 印:方壺書印(朱文)、不芒道人(白文)、墨池清興(朱文)
 沈周→1691高士奇跋→乾隆内府→清末溥儀→民間→張伯駒父子→中貿聖佳
 著録:大觀錄19卷2、江村銷夏錄1卷72、式古堂畫考23卷63、石渠三編10冊1680
1379年《溪橋幽興図》 63.3×35 北京故宮博物院
 題款:溪橋幽興・方從義、自題:方壺臨高公雙筆,己未春寄雲生文雅靖室。
 「金門羽客」「畫中神品」印
《山陰雲雪図》 台北故宮博物院
 款:金門羽客方方壺倣高尚書。為芹美學士作于滄洲闕里。「方壺真逸」印
《高高亭図》 62.1x27.9 台北故宮博物院
 隸書題:高高亭圖、章草自題:李君子高昔於南谷丈人坐上會之,今不遠百里求予圖此,已三年矣。醉後縱筆,寫之如此。方方壺。
 杜道堅(1237-1318)号南谷子、杭州宗陽宮住持、元代を代表する道士の一人
 明楊士奇(1365-1444)→清宋犖(1634-1713)→乾隆内府
《白雲深處図》 上海博物館
《瀟湘雨意図》 正木美術館 淡墨の雨竹 1462瑞渓周鳳賛
 自題:方方壺「思公山人」「方壺真逸」印
張宇初(1359-1410)の墨竹評「題方壺真人墨竹歌」「題方壺真人淇堂墨竹行」


2.李郭派の画家

曹知白 1271-1355
華亭(上海市松江)の大資産家 北京で官僚のち隠遁
1329《双松図》 絹本墨画 台北故宮博物院 壮年期の作
1350《群峰雪霽図》 紙本墨画 台北故宮博物院 晩年 抽象的な秩序感
 黄公望題詩 西瑛(阿里木八刺、有名な散曲家)のために描く
1351《蔬松幽岫図》 紙本墨画 北京故宮博物院 白描山水

朱徳潤 1294-1365
睢陽(河南省)の藉、蘇州生れ 北京で官僚のち隠遁 詩文集『存復斎集』
1349《渾淪図巻》 紙本墨画 上海博物館 自画賛+1円相+李郭派の松石
 1548文徴明、万暦張鳳翼2跋
1364《秋野軒図巻》 紙本墨淡 北京故宮博物院 江南の書斎図 巻後自跋
 比較して肝に銘じよ!→フリア美術館に近代1940年代の極めて精巧なコピー
《林下鳴琴図》 絹本墨淡 120.8×58 台北故宮博物院 晩年の代表作

唐棣とうてい 1296-1354
呉興人 北京で官僚のち地方官を歴任
《倣郭煕秋山行旅図》 絹本墨画淡彩 台北故宮博物院
  比較:郭煕《早春図》 郭煕画の統一が壊れ、モチーフ単位に分裂 
《松蔭聚飲図巻》 絹本墨画淡彩 上海博物館 北方平遠の景に4人飲酒

姚彦卿ようげんけい -14C中頃
あるいは姚廷美の名 呉興人 職業画家あるいは文人?
1340頃《雪景山水図》 絹本墨画淡彩 ボストン美術館 


3.馬夏派の画家

孫君沢 
元後期の杭州の院体画家(前浙派) 中国では失伝、日本の室町水墨画へ影響
《楼閣山水図》 絹本著色 カリフォルニア・ケーヒルコレクション
《楼閣山水図》 絹本墨淡 静嘉堂文庫美術館 四季4幅のうち夏秋
○《雪景山水図》 絹本著色 東京国立博物館 空間の統一が壊れモチーフの抽象化
◎《高士観眺図》 絹本墨画淡彩 102.5×83.0 東京国立博物館 伝孫君沢


4.道釈人物画家

王振鵬 14C
浙江省温州人 界画、白描が得意 仁宗1311-20から「孤雲処士」の号を賜う
《伯牙彈琴図》 絹本墨画淡彩 北京故宮博物院 

伝王振鵬《唐僧取経図冊》2冊32図 絹本著色 43.1×34.5cm 日本個人蔵
 李郭派に様々な様式を折衷 『西遊記』形成期の物語の絵解き(磯部彰)

張渥 1340-1356頃活動
淮南(安徽省)人、銭塘(浙江省杭州)で活動 道釈人物画家、白描が得意
1346年9月呉叡篆書《九歌図巻》紙本墨画 上海博物館 画と書は別紙
1346年10月呉叡篆書《九歌図巻》紙本墨画 遼寧省博物館 倪瓚爲李思斎跋
1361年《九歌図巻》紙本墨画 クリーブランド美術館 楮奐1361跋

因陀羅 14C
中国では失伝の禅余画家 開封の光教寺の住持 インド人説、杭州天竺寺僧説など
楚石梵琦1296-1370との合作「禅機図」5点
●禅機図断簡《寒山拾得図》 紙本墨画 東京国立博物館 楚石梵琦題賛
●禅機図断簡《智常禅師図》 紙本墨画 静嘉堂文庫美術館 楚石梵琦題賛
 他に散聖図巻、禅会図巻、祖師図巻の断簡数点が伝わる

顔輝
字秋月 廬陵(江西省吉安県)人 宋末元初に鬼神を得意にした道釈人物画家
日本に顔輝派の作品が多数舶載される
◎《蝦蟇鉄拐図》双幅 絹本著色 京都 知恩寺 顔輝の代表作 空気の表現
◎《寒山拾得図》双幅 絹本著色 東京国立博物館 顔輝派の作


5.墨竹、墨蘭、墨梅の画家

李衎りかん 1245-1320
[生涯]
字仲賓、息斎道人と号、薊丘(北京)人
官は江浙行省章政事、仁宗朝1312年吏部尚書に昇るも翌年致仕
没後、翰林学士承旨を追贈され薊国公に追封、謚は文簡
子の李士行も竹画をよくした
[作品]
竹の生態に精通し、設色の双鉤竹と墨竹、2種の画法いづれもよくした。著に竹の画論『竹譜詳録』
双勾着色竹:
1318年延祐五年《紆竹図》 絹本著色 広州美術館
1318年《勾勒竹石図》2幅 絹本著色 189.9×55.2 メトロポリタン美術館
 俯葉 款:延祐戌午冬季息斎同人筆 「李衎仲賓」「息斎」印
《勾勒竹石図》 絹本著色 185.5×153.7 北京故宮博物院 俯葉
墨竹:
1296年元貞二年《墨竹図巻》 紙本墨画 Dubosc
 款:息斎李衎「李衎仲賓」「息斎」印
1308年《四清図巻》 紙本墨画 蘭竹石桐 明代中期に2巻に分割される
 前半:37.47×237.49 ネルソン美術館 趙孟頫・元明善題
  一清春竹:仰葉→二清夏竹:仰俯葉・筍
 後半:35.6×359.8 北京故宮博物院 周天球跋
  三清秋竹:俯葉・蘭・2石→四清夏竹:仰葉・梧桐
 款:大德丁未秋九月,王玄卿道送至此紙,求予拙筆,事多未暇。明年春正月一日,始得了辦,燈暗日昏,白日視之,不知何如也。息齋道人薊丘李仲賓題。「息齋仲賓」「息齋」印 明項元汴、清安岐、乾隆等內府印
1319年延祐六年《新篁図》 絹本墨画 131.5×89.7 北京故宮博物院 仰葉竹
1319年延祐六年《修篁樹石図》 絹本墨画 152×100 南京博物院 俯葉
1320年延祐七年《墨竹図》 絹本墨画 144.8x97.0 宮内庁三の丸尚蔵館
 織田信秀(1511-52)→名古屋万松寺→1880年皇室に献上
 江戸時代中林竹洞(1776-1853)らへ影響
《双勾修篁樹石図》 絹本墨画 163.5×102.5 北京故宮博物院 俯葉
《四季平安図》 絹本墨画 131.4×51.1 台北故宫博物院 濃淡4竹、右辺石
《沐雨図》 絹本墨画 111.5×55 台北故宫博物院 雨後の俯葉
《双松図》 絹本墨画 156.7×91.2 台北故宫博物院 2本松、古木细竹
 「仲賓更字息斎」、乾隆5璽、晋府図書、式古堂書画印など
《枯木竹石図》 絹本墨画 160.1×85.8 インディアナポリス美術館
 李士行筆?

李士行 1283-1328
字遵道、薊丘(北京)人。李衎の子
官は黄岩知州。李士行《大明宮図》が仁宗の眼にとまり五品官に命ぜられる
詩書画みな風致。古木竹石においては父に優り、山水を善くした
古木竹石の主題:
1326年《清泉喬木図》 絹本墨画 165.7×108.6 クリーブランド美術館
《寒林図》 絹本墨画 171.5×97.5 ハーバード大学フォッグ美術館
 以上2作とインディアナポリス美術館《枯木竹石図》は姉妹関係
《古木石竹図》 絹本墨画 129.5×39.7 北京故宮博物院
《古木幽篁図》 絹本墨画 169.6×100.4 上海博物館
 款:蓟丘李士行遵道作「李士行印」「李氏遵道」「游戯翰墨」印
 題:天台釈智奫(ちいん)
《竹石図》 絹本墨画 3横拼 170×92.3 遼寧省博物館
 款:蓟丘李士行遵道作「李氏遵道」印

顧安 1289?-1368?
字定之 呉(蘇州)人 毘陵、泉州などの地方官を歴任した墨竹画家
《墨竹図》 絹本墨画 台北故宮博物院 
《翠竹図》 絹本著色 東京 吉祥寺 鈎勒竹

雪窓 -1349以降
[生涯]
法諱は普明、俗姓は曹、字は雪窓、華亭(上海市松江)人
平江(江蘇省蘇州)にて出家、晦機元煕の法嗣
1338年虎丘雲岩寺、1344年承天能仁寺の住持を歴任、病のため虎邱東菴に退く
1349年復た承天能仁寺に住持
 弟子に日本僧・頂雲霊峰など
[作品]
文人の支持「戸戸雪窓の蘭」(祖柏)、しかし「雪窓の蘭や祖柏の古木・菖蒲は、ただ僧坊に置けばよく、文房の清玩とするに足りない」との評(夏文彦『図絵宝鑑』1365)、現存遺品はすべて日本に伝来
1342年至正二年蘭図 絹本墨画 125.4×35.5 長楽寺
 雪窓落款、柯九思、慮集、朱石1314~1378、楊彜、不明3人賛
1343年《墨蘭図》4幅 絹本墨画淡彩 宮内庁 光や風や湿度の表現
1345年《光風転蕙図》 絹本墨画 77.2×45.5cm シアトル美術館
落款「至正旃蒙作噩夏五為通甫作光風轉蕙。雪窗。」「雪窗」「物外清楽」印
《墨蘭図》2幅 絹本墨画 根津美術館
《風竹図》 絹本墨画 76.2×44.8 クリーブランド美術館

王冕おうべん 1287?-1359
「方外司馬」白文印 [生涯]
字元章、号竹齋、別号老村、煮石山農、飯牛翁、會稽外史等。諸曁(浙江省)人
生涯は清時代『儒林外史』などにより伝説化
儒学者韓性(1266-1341)の弟子。師の没後、紹興城内で母を養い後、郷里に帰る
科挙に何度か落第、長江中下流域を游歴
1347年頃大都(北京)へ、秘書卿・泰不華(1304-1352)に寄留
1348年至正八年南帰
1354年会稽九里山へ妻子を連れ隠居 処士として梅画を売り暮す
1359年至正十九年元末の乱の折、朱元璋の婺州幕府にいき諮議参軍として紹興攻城の策をたてたが、病を発して急逝したといわれる
 
[作品]
:詩集に『竹斎詩集』712首。杜甫社会風刺詩の反骨の伝統、題詠は144首
篆刻:篆刻を善くし、詩書画篆刻一体の先駆
「初無人,以花藥石(青田石)刻印者,自山農(王冕)始也。」「山農用漢制刻圖書,印甚古。江右熊口巾笥所蓄頗夥,然文皆陋俗。見山農印大歎服,且曰:天馬一出,萬馬齊喑。于是盡棄所有。」(明劉績『霏雪録』)
 →参照:王冕落款
:墨梅の専家 宋代の「疎枝浅蕊」から「千花万蕊」を創始、明代へと発展
花弁は宋楊無咎の1筆3頓挫に対し、1筆2頓挫の圏花法(白梅)と没骨の点花法(紅梅)の2種
 点花法は胭脂の着彩を始めたといわれるが現存遺品は墨点が主
1344年至正四年《墨梅図》 紙本墨画 台北故宮博物院
 呉鎮墨竹と梅竹双清図巻に合装
1346年至正六年5月3日《梅花図巻》纸墨30.8×92.2 上海博物館 滬1—0202△
 至正六年五月三日余偕永嘉鄭吝天台慧雲□□赤松山道過龍壽覺慈蘭若會貞叟師…沈流亭下過龍壽…会稽農王冕元章拝書「元章」印
 後題:1345年趙仲光行書《梅花五十詠》 祝允明、文徴明、呉昌碩等跋
1353年《南枝春早図》 絹本墨画 台北故宮博物院 上向きの梅
 題:和靖門前雪作堆。多年積得滿身苔。疎華箇箇團冰玉。羌笛吹他不下來。(『竹斎集』「素梅五十八首」其48)癸巳夏五。會稽王元章自南作。
 印:竹齋圖書、文王孫、會稽佳山水
1355年至正十五年乙未《墨梅図》 纸 67.7×25.9 上海博物館 滬1—0203△ 倒梅 題詩5首 9方印
江南十月天雨霜,人間草木不敢芳。獨有溪頭老梅樹,面皮如夷生光芒。
朔風吹寒珠蕾裂,千花萬花開白雪。彷彿瑤台群玉妃,夜深下踏羅浮月。
銀鐺泠然動清韻,海煙不隔羅浮信。相逢漫說歲寒盟,笑我飄流霜滿■。
君家白露秋滿缸,放懷飲我千百觴。氣酣脫穎恣盤礡,拍手大叫梅花王。
五更窗前博山冷,麼鳳飛鳴酒初醒。起來笑揖石丈人,門外白雲三萬頃。
1355年《墨梅図》 紙本墨画 155.0×57.3 正木美術館 倒梅、大幹繁枝
朔風蕭蕭(吹寒)脫繁木,石溜潺潺出空谷。荒村野店少人行,獨有寒梅照寒渌。
玉質燦燦無纖埃,春風不來花自開。平生清苦能自守,焉肯改色趨樽缶?
我與梅花頗同調,相見相忘時索笑。冰霜歲晚愈精神,不比繁華易凋耗。
長安多少騎馬郎,尋芳競集桃李場。東家買酒西家嘗,引得世間蜂蝶忙。
(『竹斎集』「七言長句梅花四首」其三)乙未季穐七月望会稽農王冕元章寫
 印:長、会稽佳山水、王元章、竹齋圖書、方外司馬
 1359年王元裕題詩…清乾隆内府→広東韓榮光珠船・潘正煒(1791-1850)季彤→日本西園寺・住友家→正木家
《照水古梅図》 紙本墨画 所在不明 題詩が枝を遮る構成
1357年《南枝春早図》 絹本墨画 台北故宮博物院 倒梅(垂下する枝)
《墨梅図巻》 紙本墨画 31.9×50.9 北京故宮博物院
 北宋華光仲仁の墨漬法(点花法、花弁を墨暈で描く)で紅梅を表す
 題:吾家洗硯池頭樹,個個花開淡墨痕。不要人夸好顏色,只留清氣滿乾坤。
 王冕元章為良佐作。
「王元章」「文王子孫」「方外司馬」「会稽佳山水」印
《墨梅図》 絹本墨画 145.0x97.0 宮内庁三の丸尚蔵館
霜華浮影月昏昏(月明海底夜無烟),恰似西湖雪後天。清気逼人禁不得,玉箫吹上大楼船。(『竹斎集』「素梅五十八首」其四九)元章爲教叟作
 織田信秀→名古屋万松寺→1880皇室に献上
 上記李衎の墨竹と対幅として、江戸時代山本梅逸らへ影響
《墨梅図》 纸 90.3×27.6 上海博物館 滬1—0204△
《墨梅図》 絹・墨 113.1×49.8 メトロポリタン美術館 A1-4
《墨梅図》 絹・墨 エール大学ギャラリー A12-18 
《墨梅図》 絹・墨 141.0×74.9 プリンストン大学美術館 A16-95
《月下梅花図》 絹・墨 164.5×94.5 クリ-ブランド美術館 A22-61
海雲初破月團團,獨鶴高飛(歸來)夜未殘(闌)。一片(笙)笙箫湖水上,玉妃含笑(無語)倚闌幹。(『竹斎集』「素梅五十八首」其四三)山農王元章作
 印:竹齋圖書、方外司馬 清乾隆内府→董誥(1740-1818)
《墨梅図》 紙・墨 92.4×31.7 京都国立博物館 JM11-38 日本室町作?
《墨梅図巻》 絹・墨 25.7× 万俵次郎コレクション JP59-2



参考書
歸去來兮―趙孟頫書畫珍品回家展特集 西泠印社 2007年 下記展の大型図録
中国書法全集43、44 趙孟頫一、二 黄惇等編 北京 榮宝斎 2002年
唐僧取経図冊 東アジア善本叢刊第1集 磯部彰等編 二玄社 2001年
世界美術大全集 東洋編7 元 海老根聰郎、西岡康宏編 小学館 1999年
故宮博物院3 元の絵画 小川裕光、救仁郷秀明 NHK出版協会 1998年
元時代の絵画 板倉聖哲等担当 大和文華館図録 1998年
島田修二郎著作集2 中国絵画史研究  中央公論美術出版社 1993年
鈴木敬 中国絵画史 中之二 元 吉川弘文館 1988年
ジェイムズ・ケーヒル/新藤武弘訳 江山四季 元代の絵画 明治書院 1980年
基本史料
元 湯垕 画鑑 1330年頃 米芾の影響の強い絵画批評
元 夏文彦 図絵宝鑑 1365年序 1336至元二年までの1500余人の画家の略伝
元末呉太素/島田修二郎校註 松斎梅譜 広島市立図書館編 1988年
参考サイト
中国古代名画 
中国絵画千年巡礼
展覧会
“歸去來兮―趙孟頫書畫珍品回家展”
2007年9月28日-10月17日 湖州市博物館(終了)
北京故宮博物院、上海博物館、遼寧省博物館、浙江省博物館、湖州市博物館藏の趙孟頫書畫39件







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 元時代 絵画の変  2002.11.3作成 

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