中国書論史 「骨」「遒」「媚」などの基本カテゴリー

中国の琴論、文学論、書論、画論において共通した基本カテゴリーがあり、それが互いにどう影響しあいつつ、各時代ごとにどのように用いられ(あるいは用いられず)、歴史的にどう展開してきたのか、を明らかにし整理することは、興味深く大切な問題です
そうした問題について、書学の方面での意欲的な論として、河内利治の『書法美学の研究』があります。ここではその中から「骨」と「媚」などのカテゴリーのまとめとなる二つの図を以下に紹介します(太字、色字などは理解の便のため秋月が強調したもの。より正確には原著をご参照ください)  秋月記

南朝から唐代にかけての書法審美カテゴリーの相関図
書法審美カテゴリーの相関図
【注記】
波線は矢印より上が[用]、下が[体]を意味し、[用]は具体的な作品を指す。
…線はその枠内の術語が関連または対比することを意味する。
┄┅┈┉╌╍…線はその内部に〈媚〉と〈力〉の対比、[文]と[質]の対比、本・末の対比があることを意味する。
―線は直接的に関連することを意昧する。なお〈気〉はすべてを貫くものである。
点実線の内部の一語一語は書法の審美範疇語である。
〈 〉は術語、( )は補足的説明、[ ]は必要な概念として付加したものである。なお[体]と[用]の関係は、二重構造になっており、
(イ)矢印の上下関係における"原理と現象"の関係としてのそれと、
(ロ)〈天然〉と〈工夫〉の対比関係における"現象または表現としての本体と効用の関係"におけるそれがある。
【解説】
本図は、南朝から唐代における書論(書品論)に見える〈骨力〉〈骨勢〉〈骨気〉〈骨体〉〈風骨〉〈筋骨〉〈天骨〉〈神骨〉〈気骨〉〈肌骨〉の考察を通じて、〈骨〉〈筋〉〈肉〉〈膚〉〈肌〉〈体〉〈形〉〈勢〉〈力〉〈媚〉〈天然〉〈工夫〉〈気〉〈中・沖〉〈風〉〈神〉〈天〉といった術語が、書法審美語として重要な相関関係にあることを図式化したものである。即ち
〈体〉→〈形〉→〈勢〉→〈気〉→〈中・冲〉→〈風〉→〈神〉=〈天〉
へと連鎖する論理の仕組みを解明することが、書法の批評語・審美範疇語にとって大切であることを提起するものである。この図に示した審美範疇語は、全てを網羅しておらず遺漏も多いと恩われるが、基本的なものは列入した。ただし、宋代以降よく使用される〈血〉は、〈体〉(表現の要素)の一つに加えうるが、本図の対象外とした。また審美範疇語の中には、必ずしも一つの範疇に帰納しにくいもの、例えば〈豊〉〈麗〉などがあるが、とりあえあずふさわしいと考えられる範疇に入れた。
本図から分かる点を具体的にいくつか挙げておく。
[体]は〈骨〉〈筋〉〈肉〉〈膚〉〈肌〉からなり、〈筋・骨〉と〈膚・肌・肉〉が対立・対比すること。
〈筋・骨〉は「隠・蔵」がよく、「浅・顕」がよくないこと。
〈筋・骨〉から〈力〉が生まれ、〈膚・肌・肉〉から〈媚〉が生まれること。
〈工夫〉から生まれる〈気〉と、〈天然〉から生まれる〈気〉とを調和し兼備すべきこと。
〈風(流)〉は「情・致・趣・韻・味」の系列と、「規・範・格・度・儀」の系列からなること。
〈風〉には「雅・俗」があること。
「剛・強・実…」の審美範疇は、〈力〉または[質]の範疇に属し、「華・遒・柔…」の審美範疇は、〈媚〉または[文]の範疇に属すこと。そしてこの両者の範疇は本末の関係にある審美範疇であること。
本図は見方によっては、単に書法および他の文芸ジャンルにとどまらず、中国思想の理解にも役立つと考える。なんとなれば、本図が天と人との相関関係を表わしていると見ることができ、生成の経過を考えれば、儒教・老荘・易経などの中国思想が、書法の審美範疇の形成に大きく影響を及ぼした結果であると考えられるからである。少なくとも本図に記した審美範疇語はその証左である。(河内利治『書法美学の研究』47頁より)

〈遒媚〉術後形成過程図
遒媚とは、「筆画の筆力、筆勢によって生じる力強い味わいをもつ優美な風格」
魏晋南北朝時代              唐代                宋代以後

                      〈遒疎〉〈驚遒〉          〈遒邁〉〈遒健〉
〉→〈遒美〉〈遒越〉         →〈遒勤〉〈遒抜〉〈遒逸〉→     〈遒密〉〈遒熟〉
 ↑  *〈遒上〉*〈遒邁〉         〈遒潤〉〈遒麗〉      〈迹婉勢遒〉〈遒婉冲麗〉
 ↓                                        〈遒勁婉熟〉
〉→〈筆力鮮媚〉           →〈力少媚好〉                 ↓
 ‖                                          〈遒媚
〉→〈純骨無媚〉〈骨力娩媚〉     →〈肌骨閑媚〉                 ↑
 ↓                    〈綺麗媚好〉〈輭媚横流〉〈穠媚藻縛〉  〈柔媚円熟〉
 ↑  〈媚好〉 〈緊媚〉〈妍媚〉〈婉媚〉 〈媚而緊細〉〈筆路緊媚〉〈妍潤〉 〈[女武]媚〉〈媚態〉
〉→〈媚趣〉→〈宛転妍媚〉      →〈婉転妍媚〉〈媚越〉 →〈姿媚〉 →〈柔媚〉〈妍妙〉
         〈婉媚翫好〉       〈婉媚巧密〉〈巧媚〉〈韻媚婉転〉
         〈勁媚〉〈方媚〉     〈豊媚軽巧〉〈軽媚〉〈隠媚且潤〉
                      〈風媚〉〈便媚〉〈流媚〉〈風流媚態〉
                      〈明利媚好〉〈浄媚〉〈雄媚〉
 (河内利治『書法美学の研究』98頁より)



関連書
河内利治 書法美学の研究 汲古書院 2004年
熊秉明 中国書法理論体系(改訂版) 雄師図書公司 1998年
邱振中 書法的形態与闡釈 199 年
 感覚の叙述 上,下 河内訳 調布日本文化5,6 1995,6年
姜澄清 中国書法思想史 199 年
李沢厚 美的暦程 19 年
李沢厚 華夏美学 中外文化出版公司 1989年
 邦訳:中国の伝統美学 興膳宏・中純子・松家裕子訳 平凡社 1995年
成復旺主編 中国美学範疇辞典 中国人民大学出版社 19 年
  参考書
中田勇次郎 中国書論史 中田勇次郎著作集第1巻
杉村邦彦 中国書論史概説 書学体系研究篇第4巻 同朋舎 1986年
中国書論大系 全18巻 二玄社 1977年-未完結
 第1巻:漢魏晋南北朝
  説文解字叙/非草書/四体書勢/自論書/古来能書人名 他全12篇
 第2巻:唐1
  書旨述/書後品/書譜/論書/書議/文字論/張長史十二意筆法記(絶版)
 第3巻:唐2 書断〈序〉/書断〈列伝〉
 第4巻:宋1
  東坡題跋〈巻四〉/山谷題跋〈巻四・五〉/海岳名言/続書断(絶版)
 第5巻:宋2 宣和書譜〈上〉
 第6巻:宋3 宣和書譜〈下〉/翰墨志/続書譜/論書(趙孟堅)
 第7巻:元1 衍極〈上〉
 第8巻:元2 衍極〈下〉:/翰林要訣/書史会要〈巻九〉
 第9巻:明1 芸苑巵言〈抄〉/書法雅言 未刊
 第10巻:明2 画禅室随筆〈巻一〉/書訣/六研斎筆記〈抄〉
 第11巻:清1 鈍吟書要/湛園題跋/論書賸語/頻羅庵論書/評書帖
 第12巻:清2 大瓢偶筆〈上〉
 第13巻:清3 大瓢偶筆〈下〉 未刊
 第14巻:清4 書学捷要/臨池管見/臨池心解/初月楼論書随筆
 第15巻:清5 南北書派論/北碑南帖論/安呉論書/述筆法
 第16巻:清6 広芸舟双楫〈上〉
 第17巻:清7 広芸舟双楫〈下〉 未刊
 第18巻:清8 学書邇言/弄翰餘瀋
和刻本書画集成 西川寧,長澤規矩也編 汲古書院 1975-77
 第1輯 - 第12輯
 第9輯-第12輯: 和刻本書画集成補篇


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 中国書論史 基本用語         2005.6.21写 

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